かくしごと(空色MIX)

本音だけどちょっとよそ行き。知人にも見せられる文章を目指す、陽あたりの良い表の日記。考えごと、エンタメのこと、ポジティブネガティブなんでもあり。

寄せ書きの法則(仕事納めの日に)

クリスマス付近の具合の悪さは見事に熱でした。

数日で回復し、昨日は仕事納めの日だった。

なんとか、無事に、今年も納まった、よ!

納まれた!

11月からめまぐるしくて、生活にあまり余白というものが持てなかったけれど…

……っしゃああ!しばらくは

やーすーむーぞー!!!!!

 

これを読んでいる方で仕事を納めた方も、まだだよって方も。

師走の忙しい中、見てくださってありがとうございます!

今年一年、お疲れさまでした(です)。

 

そんな仕事納めの日にあった印象的な出来事を残しておきたくて、日記を書く。

 

社内に年末年始のコタツのようなリラックスした空気が流れ始めている中、一人の女の子に呼び止められた。

手には人気店のお菓子がある。

それを私に差し出しながら、

「今日で最後なんです」

と彼女は言った。

ああそうか。今日が「その日」なのか。

私にまで声をかけてくれるなんて、優しい子だなと思った。

 

社内にはたくさんの人間がいる。

彼女とは仕事で接点はなく、ちゃんと話したのもほぼ「今日そのとき」が初めてだった。

そんな私にも声をかけてくれるなんて優しいなあ、ということなのだが

でも実は、「私側」は彼女のことを知っていた。

廊下や休憩ルーム、業務ではない場所ですれ違っていたというのもあるのだが

髪型やファッションがいつもかわいくて私の好みだったので自然と覚えてしまっていたのだ。

話したことはないけれど、勝手に

「あ、髪の毛短くなったな」「あの子の髪型いいなあ」「いつもオシャレだな」なんて思っていた。

私はよくこんなふうに人知れず、お手本のような、心のオアシスのような存在を見つける。

 

彼女が退職してしまうらしい、というのは噂では聞いていたけれど

接点がない立場からどう声をかけていいのかわからなかった。

これが同じチームや面識のある間柄なら、もちろんさまざまなことができるのだが

それまでほぼ全くといっていいほど話したことのない子に、いきなり「辞めちゃうんだ、寂しくなるな」「髪型かわいいなと思ってて…」とか話したらびっくりさせてしまうのではないか…と思っていた。

それが、なんと向こうから声をかけてくれた。

嬉しかった。

なんて出来た子なのか…と感激しつつ

「あああ、お疲れさま…!」

と、言いたかった言葉を口にする。

本人に言えて良かった、と少し安堵したのだが

次に彼女の口から出てきた言葉に軽い驚きを隠せなくなった。

 

「髪型とか、オシャレだなと思ってました…!」

 

ええっ!!

そっちも!?

まるで私が発したような台詞を彼女は口にした。

 

こちらが一方的に知っているだけかと思っていたのに、彼女も私を認識していた。

しかも私が彼女に思っていることと同じ印象を抱いていてくれたらしい。

驚きつつも伝える。

 

「えっありがとう。私も髪型かわいいなって思ってたよ…!」

「ええ!嬉しいです!」

なんだあ。もっと早くに話しかけていればよかった。

そこで少し会話をして、また「お疲れさま」と言って別れたのだが

去り際にふと思い出し、くるりと向き直りながら

「あ、あのう、◯◯です!」

と自己紹介をした。

自分の苗字を口にする私、今さらすぎるだろ。

遅いよね。でも、たぶん彼女は私の名前を知らないと思ったから。

 

しかしその後の台詞が

「存じてます!!」

だったことにますます驚いた。

「ええっ!!そうなの!?」

 

ここ数年、社内には新卒・中途含め新しい顔ぶれも多くなって、 まだ話したことのない「面識のない同僚たち」も正直なところたくさんいる。

そして、その中で私のことを知っている人はおそらくそんなに多くないだろうと思っていた。

だからほんとうに、結構驚いた。

彼女はどこで私の名前を知ったのだろう。

 

驚きと嬉しさが入り混じると同時に、

「またやってしまった」と思った。

 

また「辞めるときにしか」素直な言葉をかけられなかった。

 

「寄せ書きの法則」という持論を数年前から持っている。

誰かが退職する前には、メッセージを書き込むための寄せ書き表が内緒で回覧(?)されるのは他の職場でもよく見られる光景かもしれない。

私はひそかにそこに書かれたみんなの言葉を見ることが好きだった。

あ、あくまで、サーッとだけれど。

自分が書くときにふむふむと見ているのであって、なめるようにひとりじめして読んでいるわけではないのでどうか怖がらないでほしい。

 

寄せ書きに書いてある言葉には「素直なもの」が多いな、と思っている。

これまでありがとう、お疲れさま、だけではなく、「照れくさくて言えない」ことや「改めての感謝」がフィルターなしで並ぶ素敵なボードのようだといつも感じる。

あのときのあの思い出であったり、実はこんな風に思っていた、こんなところがいいなと思っていた……などなど

一種の告白ができるパワーが寄せ書きにはあると思う。

素直になれる「寄せ書きマジック」だ。

 

それ自体はとても素敵な文化(?)なのだが、もしそのマジックな告白を「辞める前」にもっと伝えられていたら、もしかしたら何かが変わっていたのでは…と思うことがある。

私はそれを、寄せ書きの法則と(勝手に)呼んでいるのです。

 

自分も含めて、いつも少しもどかしい。

「その言葉、退職する前に伝えられていたら良かったのかもだよね…」

と思ってしまうような、優しく少し切ない言葉たちがあんなにたくさん並んでいるのだもの。

 

自分が別の会社を退職したときにもらった寄せ書きを思い返してもそうだった。

思わず泣けてしまうような言葉もあったし、

「え、それもっと早く言ってよ、もっと話したかったよ」

「あの人、そんなことを思っていてくれたのか…全然知らなかった……」

と思う瞬間もあった。

あったのに、その後の生活で「自分が書く寄せ書き」がやはりそういう傾向が強いのも事実だった。

 

普段はあまり話さないけれど、昼休みによく本を読んでいることを知っていた人には

「どんな本を読んでいるのか気になってました」と書いたし

社内でよく話題に上っていた「今だから言える武勇伝」みたいなネタを持つ方には

「あの話、詳しく知らないので教えてほしかったです」というようなことを書いた。

仕事に関しての憧れや尊敬をためらわずに記したこともある。

そのすべて、どうして「最後」にしか言えなかったのだろう。

彼女に対しても、また同じようなことをしてしまった。

 

時間はたっぷりあったのだから、ほんとうはその無限のような時間の中で関わりを持てたら良かったのだ。

 

いま私が顔を合わせているさまざまな人たち。

全員が全員、その後の人生でものすごく密な関わりを持つわけではないかもしれないけれど

もっと、日頃から普通に素直に

「いま自分はあなたに対してこんなことを思っているし、こういうところが素敵だなと思っている」

ことを男女問わずに言えたら 世界は彩りを増すのだろうか。

もっと知らない、もっと素直な街が待っているのだろうか。

 

「大人になるとなかなか難しいですよね。」

今日同い年と判明した美容師さんにこの話をふわっとしたら、返ってきたボール。

そう、それもまた事実。

いろんな人がそうやって暮らしている。

私だけではない、きっとたくさんの人が

ほんとうはカラフルで優しくて素直なひみつのメッセージを持って暮らしている。

 

言えなかった自分への反省はあれど、

同じような気持ちで寄せ書きを書いている人がもしかしたらたくさんいるのかもしれなくて

もしかしたらいろんな大人たちが、ほんとうは優しくて熱いハートの持ち主で

そして少し不器用なのかもしれなくて。

そう考えると また少し今いる世界に色がつくのではないかな、なんて考えたりもする。

きっと来年も、この街はカラフルで優しい。

そういう側面を持っている。

 

ちなみに、そんな「寄せ書き後」に相手からSNSの友人申請やフォローがあったことも一度ではない。

深い意味はないのかもしれないし、社交辞令かもしれないけれど

「きっと、読んだのだろうな」

と思っている(当たり前か)。

だから、言えないままよりはもちろん

どんなタイミングであれ、言ったほうが良いのだろう。

 

今回最後の日に会話を交わせた彼女は、みんなにあてた挨拶メールに連絡先を残してくれていた。

こっそりメールをしてみようと考えている。

嬉しかったことを、嬉しかったと伝えてみよう。

来年は、今よりも今を丁寧に、寝かせることなく

照れくさい言葉をもっと口にできたらいいな。

ありがとう、そして お疲れさま。 

 

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ちなみに今の髪型は、オリーブ系のカラーに赤メッシュが入ったボブ。

とても気に入っているので 髪型をほめてもらえるのはほんとうに嬉しいのだけれど

短い髪が似合う彼女を見て、もっと切りたいなあと思ったことも、実はあります。

ファンか。

 

今日は前髪だけ切り納めに行きました。

髪色は良い感じに色落ちしてくれているので、このまま年を越します!