かくしごと(空色MIX)

webライターっぽい30代女が趣味で綴るエンタメオタク日記。 ライブレポ、何かの感想、日常、ときどき思考整理。

心が濁っているときはaikoに限る。私が「彼ら」の音楽を聴けない日

ある朝、気がついたらこんな短文を作成していた。感情を書きなぐっているだけの短文は細かい心の振り返りに役立つ。

 

「心が濁っているときはaikoに限る。どんなことを思っていてもaikoならその綺麗じゃない後ろめたい感情も言葉にしてくれている。異性が歌うキラキラした歌を聴くとごめんなさいあなたたちの思うような女の人像じゃないんですと思うから、こんなときはaikoがいい。aiko自体はキラキラしているのだけどね。」

 

そう、今日はaikoの話をさせてほしい。
熱狂的なファンではないかもしれないけれど、私はずっとaikoが好きだ。高校時代から数えてもう15年以上は好きだ。


好きな音楽は、このブログを何回か見てくださっている方ならお気づきかと思うけれどたくさんある。特にエレカシ(彼らについてはまだあまり書いていないがとても好きなのです)やスピッツSMAPの音楽が好きでよく聴いている。トライセラトップスクロマニヨンズ、MIKAや小沢健二も好きだし、最近ではビッケブランカというミュージシャンが気になっている。

でも、そんな私がそれらの音楽を聴けないことがある。というより、なぜだろう異性が歌う歌全般を聴けない時期がある。
それは大抵、心が濁っているときだ。

 

理由は割愛するが、さまざまな要因が重なって ここ数日ちょっと疲れていた。
疲れていたし、体の不調が続いてどんどんネガティブになるし、少し愚痴も言いたくなっていたし、ムカつくこともあったし、どこかに吐き出したいけれどこれを吐き出したらちょっとブログですらマズいな…という心の濁りが見て取れた。

私はそんなとき、異性の歌う歌が「女の人に優しすぎて」少しつらくなるのです。 

 

主観だが、男の人は女の人という生き物をとてもいい感じに美化してくれていることがままあると思っている。
男の人が歌う女の子の歌は、大抵がかわいくて優しい性格だったり謎めいた小悪魔ふうな恋愛上手だったり忘れられないほど魅力的な何かを持っていたりする。
まあエレカシは少し違っているというか、なんかもう近年では母なる大地よ…的な大きい慈愛の対象として女の人を見ている歌(めっちゃ雰囲気だけの例えですみません)が多い気がしてならないけれど。宮本さんにとって女の人というのは特に神聖かつ謎めいた存在なのかもしれない。

 

SMAPなんて、女の人を応援する『Dear WOMANという名曲までリリースしている。その曲では冒頭から

 

君がどんなに否定しても

本当だから揺るがない

「君はとても美しい」という真実


とまで歌い、まるごと女という生き物を肯定してくれようとする。
なんか、なんか、申し訳ない。
そこまで言ってもらえるほど、私の心は美しくない。そう、たぶんここで言う美しいは特に「心」を対象にしていると思うのだけれど、そんなふうに言われるほど頑張ってもいないし清らかな心でもないよ…と思ってしまうことがあるのだ。
確かにそういう肯定に値する素敵な女の人もたくさん存在するだろう。みんなの憧れの対象となるような人、不満も何も言わずに頑張っている人、大切な人の支えになること、守るべき存在のために自らのことは後回しにしてしまう人、エトセトラエトセトラ。
そういう方の話をしているのではない。
これはあくまで「私、そんなんじゃないのに大丈夫?」と危惧する自分の話です。

頑張っているときばかりじゃない。かわいい性格のときばかりじゃない。オシャレに身が入らないときだってある。愚痴を言いたいときだって、あの人いやだなと思ったことだって、(私の中では)あるに決まっているだろう。

オンもオフも、女の人のかわいい部分だけ。ずっとそんな心持ちで生きてこられたわけないだろうと、たまに後ろめたくなるのだ。
そんなわけなので、こんな心のまま、女の人を素敵な生き物だと思っているような、人をまるごと(じゃないのに、まるごとだと誤解している人たちの)肯定してくれるような歌は聴けない…!と影に隠れたくなるときが、あるときはあるのです。

 

少し話は脱線するが、ある出来事と曲をセットで記憶してしまった経験はないだろうか。私はある。
乙一という作家のオムニバス小説『ZOO』を読んでいるときに、PUFFYのミニアルバム『59』をよく聴いていた。大好きなアンディー・スターマーさん(元ジェリーフィッシュ)というプロデューサーが手がけたお気に入りの作品だ。
乙一の本は好きなのだけれど、作風によってはグロかったりとんでもなくエグい描写が出てくるのでいつも注意せねばならないのだが(黒乙一、白乙一なんて言われていた)そのとき読んでいた章は個人的には黒。
確か、アルバイトの休憩中にその本を読み進めていたのかな。そしてその中にとても怖く恐ろしい短篇があり今でも読み返したくないほどトラウマになっているのだが、その話を読んでいる最中に流れていたのが『風まかせ二人旅』という曲だった。
とてもかわいくて良い曲なのに、私の中では怖い乙一の本の記憶がセットになってしまっている。今でもイントロを聴くと怖くなる。ごめんよ…
あと小学生時代の話で、なぜか家に楳図かずおの漫画『漂流教室』の全巻があり、めちゃくちゃ怖いタッチのイラストなのにこれまたなぜか全部読んだのだが それを読んでいるとき、4歳下の弟が隣で頻繁にクレヨンしんちゃんのゲームをしていた。だからそのゲームの音楽は私にとってホラーと同義。クレしんの当時のゲーム音楽を聴いたら絶対に漂流教室を思い出すだろう。ああ、恐ろしい(怖がりなのになぜ読んだのだ…)。


…なので、
こんなに後ろめたいことを考えているときにこの音楽を聴いてしまったら、この曲がそのイメージになってしまうかもしれない。という懸念が常にあるわけですね。
ムカついている私がSMAPを聴いたら、SMAPの曲のイメージがムカついている出来事と連動してしまうかもしれない、ということだ。
それは何としても避けなければならない。音楽には何の罪もないのだから。

そうなることが怖くて、音楽が好きだからこそ音楽を聴かない選択をすることもあるのだ。

 

だからその日はSMAPスピッツを再生しようとして思いとどまった。

今日はやめておこう。清らかに女の人を肯定する人たちや男の人から見た夢のある世界の曲を、ムカつく事柄とセットで記憶したくはない…今日は無音で行こう


でも、ふと思い至った。

「あ。aikoがいるじゃん。」

 

そうなのだ。
この後ろめたいドロドロした、人には言えない気持ちを「今度こそ」まるごと肯定して、いや、同調してくれる強い味方。
それは私にとってaikoであった。

(ネガティブでおなじみ?のバンドSyrup16gもそんなときに最適ではあるのだけれど、やはり異性が歌うネガティブと同性が歌うネガティブは違って聴こえることがあり ここでは該当しなかった。)

 

さっそくiPhoneのミュージックでaikoを選択し、aikoの怖い部分がむき出しになっていると個人的に思う大好きな『冷凍便』を再生した。
この曲はいちばん新しいアルバム『May Dream』に収録されている。つまり最近のaikoの名刺代わりとも言える方向性なのです。

チョイスは大正解だった。
これだー。この後ろめたさだー!やっぱりいいな!
だって、冒頭から
「自分の汚いものを見て」ですよ。

第一声が、汚いもの。あんなにかわいらしい(大人の女性ですが)aikoが、最初から自分に汚い部分があることを暴露しているんだよ。最高だ。

他にも、「後ろ向きなこの性格も 仕方ないなもう生まれつきって」「この間 人は孤独なんだと あっという間に目が染まった」「どうしても乗り越えられない様な酷く苦しくて悲しい夜」などかなりキレのあるネガティブワードが並ぶ。

この歌詞、本当に好きなんです。でもご覧の通りのネガさだし、だんだん「aikoが心配になる」ことでも個人的に有名な曲でもある。
サビを例に挙げて説明させてほしい。

※ちなみにライトな層で申し訳ない、雑誌インタビューなどは追い切れていないため もし本人が歌詞について解説していることがあったら…下の歌詞考察は相当ズレている内容かもしれません。ごめんなさい。

 

早く家に帰ったらなんか

どうしていいかわからなくなる


ここ大好きな一節。分かる。分かるよaiko。つらいときって家に帰って考える時間が増えるぐらいならずっと仕事や予定があったほうがマシだと思ってしまうよね…

 

あたしの楽しみにしているラジオ

もっと遅くにやるの


ラジオいいよね、ひとりでいてもひとりじゃないというか距離の近い感じが好きだよ…ん?でもこれ、まんまaikoのことじゃ…(aikoはラジオが大好き)
そんな疑問が浮かびながらも続ける。

 

床に落ちた長い髪の毛を

見るたび軽くため息吐いた


…あ、あいこ…どうしたの、その光景でなぜため息を吐くの。掃除がめんどくさいってことではないはずだ。いったい何があったの?

 

もうこんな髪もいらないから

切ってしまおうよ


aikoー!!!!!
なんだか分からないけどとりあえずごはんでも行こうか!?

だから落ち着いて?
こんな髪じゃないよ、aikoの髪の毛きれいだから!!!
※この曲が収録されたアルバム発売時、aikoの髪の毛は少し短くなっていたと記憶している。それが余計に心配の対象になる。


『冷凍便』を聴くといつも大体こんな感覚に陥る。


そんな楽曲が収録されたアルバム『May Dream』。私の中でかなりの闇属性aikoが堪能できる1枚だと思っている。


1曲目『何時何分』の歌詞も個人的にやばい。

また一部抜粋する。

 

前半はそこまでやばくはないけれど、

 

嫌な事だけ見えない目と

悲しい事は聞こえない耳

そんなものあるはずないし

そんなものなんて欲しくもない

 

もう「何かあった感」がものすごく出ている。

何かあったはずなのに、その「何か」すらも真正面から受け止めようとする主人公がいる。

 

言いたいことがあったなら

どうして言ってくれなかったの

言いたいことがあったのに

どうして言えなくなってしまったの

 

さようなら さようなら

また今度 さようなら

今度ってつけたらさ

少し涙が落ち着くから

 

切ない。やはりさようならをしていたのか。

でもこれぐらいならまだ分かるような気がする。aikoが得意とするような、「言えなかったけどとてもつらかった」女の人のリアルな心情を歌っているのだ、これは。

 

ただ、問題はこの一節だよ。

 

今すぐ洗面所に行って

排水溝に吐き出して

そのあと冷蔵庫に行って

あの子がくれたジュースを飲もう


これを見たとき、冷凍便より前のこの曲で、まずaikoー!!!!!と心配になった。いったい何を吐き出すの?

しかしご安心ください、実はちゃんと何を吐き出すのか直前の歌詞で教えてくれているのでした。ふう早とちりだぜ。

 

一瞬の眠気に襲われ

数秒つぶった間にさ

何か世界が変わってたり

あなたから連絡が来てたり

そんな事あったらいいな

そんなはずあるわけないな

だからこの時間はきらい

重たい静けさに食べられる

 

たぶん「重たい静けさ」に食べられてしまったから、その重たい静けさを排水溝に吐き出すような気持ちで洗面所に向かったんだね。aiko、いや主人公は。

あーなんだよかった。何を吐き出したのかと…って、いやそんなによくはないよね。そもそも重たいのだし、指示が具体的すぎる。

そしてもうひとつの問題はあの子がくれたジュース。そんなにあの子からもらったジュースをおくすりのように摂取しないで。切ない。その子って、もしかして好きな相手ですか。違うか。あなた、じゃなくてあの子、だものな。でもそれはもうその子からもらえないジュースなんですか?もしひどいことを言われた相手なら、ジュースだけいただいて残りの感情は捨ててしまえばいい。
※個人の受け取り方です もしかしたらすごく素敵な女友達がくれたものかもしれないよね。

 

このドロドロの気持ちの歌詞をあんなにポップに歌い上げてしまうaikoはもっとあぶない天才だとバレていい。

 

もう少しいいかな?『好き嫌い』の歌詞もなかなかに闇に富んでいると思うの。
これは全体的にかなりシンプルな歌詞なのだが、特筆すべきはサビの歌詞。

 

きらい すき きらい すき

やっぱきらい

 

つらい。
だって、「やっぱきらい」ですよ。
「やっぱ好き♡」じゃなくて、一周したあとに出てきた言葉が「きらい」
花占いで当たりたくなかったほうの、きらい、だ。こわい。
これ、歌詞読んだときゾクゾクしてしまったよ。aikoすごいなあって。
ここで「きらい」になるんだ、と。


歌詞の世界では相手か自分の自宅で過ごしているワンシーンが切り取られているようなのだが、そのふとした瞬間に、どうやら彼女は彼に対して何かを思った。イラッとしたか、ゲンナリしたか、なんできらいになれないんだろう、と自分にムカついているのか。

年齢を重ねると丸くなるだとか、柔軟に優しくなっていく人間ばかりと思われがちな傾向があるけれど

こんなにシンプルに「あー好きだけどやっぱムカつく、何なんだあの男、調子に乗るな」(個人の妄想が入っていますaikoごめん)な感情をポップな歌にのせられるアラフォー女性がいるか?

 

これでは名盤『桜の木の下』に収録されている『傷跡』と真逆ではないか、と思った。

 

いじわるはしないで

あなたの側にいることが

何よりも重要なあたしに

 

『傷跡』はこんな言葉で始まる曲。

いじわる、から始まるということは、彼の行動に何かしらのいじわるを感じる「どうして?」な部分があって、モヤモヤしている女の子の話なのだろう。

 

あなたに落書いた嘘の言葉が肌色によく光る

「嫌い」

 

嫌い、ここでも出ていました。でもここで使用している嫌いは「嘘の言葉」らしい。また複雑である。

きっと、ちょっと彼にムカついて嫌いとか言ってみたいけど本当に嫌いなわけないでしょう、というかわいい女心なのだろう。

 

そしてサビへと続く。

 

何度も振り回されて怒って傷ついて

 

うん。やっぱり、状況的には『好き嫌い』の主人公と近い気がする。

何らかの理由で、彼女は彼に振り回されて それをいじわるだと感じて怒っているらしい。そして彼女の中で傷ついている。

でもこの曲はそれで終わらない。ここでいちばん言いたいのは次の部分。

彼女はある行動に出る。

 

でもあたし ちょっとだけ
ひっかいて ひっかいて 消えない跡残す
口元 ゆるんだ
「うん。幸せかも…」

 

ここがすごい。

傷ついているのに、いっそこんなに振り回されるぐらいならば嫌いになってしまいたいとちょっぴり思っているのに、それでもやっぱり好きだから強引に「あたしの跡(存在証明的な何か)を残す」のだ。

不意打ちで物理的にも彼との距離を縮め、あたしのほうに気持ちを向けさせる。忘れられないように仕向ける。まるで恋愛アスリートのようだ。彼女にはその自信もバイタリティもある。

 

まだ終わらない。

2番の歌詞ではさらなる行動に出ている。

 

そうあたし思い切って

ひっぱって ひっぱって

目開けて背伸びで口元奪った

「うん。幸せかも…」

 

いつのまにか、傷ついているはずの側が主導権を獲得し勝者(?)になってしまった。

ていうかaikoのこの頃の歌詞、完全に小悪魔だな…

 

『好き嫌い』の歌詞を読んで真っ先に浮かんだのはこの『傷跡』だった。

ねえ、この主人公は今どこに?
歌詞の最後で「ワガママでも強引でもかわいさを武器に幸せ」になっているaiko(の歌詞の主人公)はどこに行ったのだ。

このaikoの歌詞は、私の中でずるくかわいく強い女の子像。「きらいになりたいけどやっぱり好き!」の素直な小悪魔手法だと思っているけれど

『好き嫌い』は、真逆だ。それでいて対になるかのようでもある。
時を経て新たな手法を惜しげもなく披露するなんて、本当にゾクゾクした。


普通、順番的には逆のパターンが多そうなのに。ひねくれた若い時代を経て自分に素直になって、好きだと言える人だって多いかもしれない。
でもそうじゃない人だってきっといる。いつの時代だって、何なんだあの男、とひそかにモヤモヤしつつもきらいになれないやっぱり好き!じゃなくて、

ひそかにモヤモヤしているけど好きだから許してしまうけどやっぱりムカつくからやめよう!このままじゃ私がだめになる!と思っている女性だってたぶんいる。
(好きになったら仕方ないですよねってこともあるだろうけどさーそのあたりの話は青山あたりのカフェでフルーツタルトでも食べながらやりましょうか。)
aikoはそんな「ある意味アウトローな側」「明かせない嫌な気持ち」を抱える女性、いや人間の受け皿にもなってくれる。と、私は思っている。
だから好きなのだ。というか、続きが、今が、aikoの今がいつだって気になるのだ。

(もしかしたら『好き嫌い』の主人公もカメラのない場所で「やっぱきらい…でもやっぱり好き!」と大どんでん返しな結末を迎えているかもしれませんが。そこまでは把握できないからな…)


私、高校時代からaikoが好きなのにいつもアルバムを最後まで1枚通して聴けないというクセがあるのですが(ごめんよ…なんでだろう…前半の曲のほうがいつも好みなの…)
この作品は後半の曲も好みで、通して聴いても飽きが来ない。ラストの『蒼い日』の歌詞もすばらしい。
近年でいちばん気に入っている『時のシルエット』に近いぐらい好きなアルバムになりました。


aikoの作品って本当に作品ごとに系統が変わるので、人それぞれ好みのアルバムも違うみたいだ。たまにAmazonのレビューを見るとそれを感じる。
自分の例で言えば周期的に「この頃のaikoは自分の気持ちと同調している」時期がたぶんあって、その「時期」がぴったり合う作品に恋する傾向がある。
私は『泡のような愛だった』は『透明ドロップ』以外正直未だにピンと来ていないのだけれど、それはまだ時期が来ていないのだろう。
自分のことが好きになれたり嫌いになりそうだったりすることと似ているのかもしれない。
そのときのaikoと同調する心境になった場合、そのアルバムとの距離がぐっと近づく。


近年のaiko、ほんとすごいんだって。
作品をリリースするたびに軽やかになったと思えば重ーくなったりする。
進化しながら変化を恐れない。ひとつの場所に留まらない。
輝きと幸せに包まれているときもあれば、哀しさを増したと思うときもある。あくまで個人の印象ですが。

ひとりの女の子(から女性になった女の人)の生き方が、裏も表もさらけ出した感情が 彼女の音楽には詰まっているのだと思う。
歳を重ねるたびにaikoの凄みが分かる。あの覚悟はすごい。
これはまた別の機会にも熱く語りたいけれど、私がいちばん思い入れの強い愛してやまないaikoの曲は『向かいあわせ』である。
一時期あの曲を鼻歌で歌おうとするだけで涙がぼろぼろ出て、お風呂場で衝撃を受けていた。あの曲は、すごいよ………
たぶん同性で、しかも20代ではなくなり永遠の誓いをしていない私のようなタイプだと余計にその痛みと凄みといとおしさを感じ取ることができるのかもしれない。
あんなに毎回本気で感情の全てを音楽に注いでいるなんて、ずっともがいているなんて、音楽を作らなければいられないなんて。
他のことなんて、何も見えなくなるんじゃないのか。
あんなに負の感情を織り交ぜるのに、本人の印象が少しもダークにならないこともすごい。aikoのバランス感覚はどうなっているのだろう。カラフルなファッションがそれを中和させてくれているのだろうか(これは私自身も利用している。ネガティブな思考に陥りがちなときでも身につけているものは大体カラフル。髪色を明るくすることも好きだ。そのおかげか、あまり暗さを前面に押し出さず一般社会に生息することができる…と思っているけど、溶け込めていると思っているのは自分だけかもしれない)。

 

チャラのライブレポを書いたときにも少し触れたけれど、私が思うaikoの音楽は必ずしも幸せじゃない。

幸せから逃げないけれど、時に幸せじゃないこともある主人公の気持ちをずっと歌っているように思える。

aikoに少し触れたチャラのライブレポはこちら。


その登場人物はもしかしたらたったひとりの女性かもしれない。
女性の、ひとりだけどひとりじゃないような二面性。
天使のようにかわいくても、こんなにドロドロしたことを考えている。
ドロドロしていても、心の奥はただ優しいだけだったりする。
そんな女の子の、人間の、いびつな生き方を言葉にして歌うことが aikoは本当に上手い。

 

aikoにはずっとそのままでいてほしいと思う。
何かを手に入れても手に入れなくても、aikoは自分の「今いる世界」を大事にできる力を持っている。
ずっとそんな自分の心の内をさらけ出して、「あたしの恋」や「あたしのかわいいところ、かわいくないところ」「この目で見たきれいな世界や汚れた世界」「たまに嫌いだけどいとおしい毎日」を歌い続けてほしい。


少しだけ歳は離れているけれど 全部分かるよ、なんてありえないし言えないけれど
私が私でいられる限り、必ずついていくからさ。


最初に挙げた『冷凍便』の「自分の汚いものを見て」の歌詞は、実はこう続いている。

 

「自分の愛おしい色を見て」

 

汚い自分、後ろ向きな自分、愛おしい自分。

aikoはそのすべてを「存在していいもの」として、ずっと前から受け入れていた。

そして、受け入れてくれていた。

 

心が濁っているときはaikoに限る。
けれどその濁った世界を美しい透明にする力も、彼女にはある。