かくしごと(空色MIX)

webライターっぽい30代女が趣味で綴るエンタメオタク日記。 ライブレポ、何かの感想、日常、ときどき思考整理。

そのチョコレートは(幸せにはそれぞれ事情がある)

そのチョコレートは、ハッピーに見えて最後の頼みの綱かもしれない。

あるいはさまざまな事情があってどうしても必要なものなのかもしれない。
傍から見れば楽しい休憩タイムにチョコレートを食べているのんきな人に見えても、実は空腹を抱えながら仕事を少し遅く終え、しかしコンビニに寄る気力もなく電車に乗ろうとしたら直前で乗りたい電車が行ってしまって、本当は今なるべく甘いものを控えたほうがいいであろうコンディションなのに耐えきれず、時間と空腹をごまかすためにこっそりと食べているものなのかもしれない。
まあそれは今日の私なのですけど。やはりおにぎりかスープを早い時間に食べておくべきだった。

 

ピックをたくさん投げてくれるけれどまさかのゆるふわ投げで客席に届かないこともある、でファンにはおなじみかもしれない真島昌利…偉大なマーシーさんのソロアルバムのタイトルが好きで 何かあるとこの言葉を思い出す。


「人にはそれぞれ事情がある」


傍から見れば悩みもなさそうで(乗り越えていそうで)幸せに人生を楽しんでいるように見える人でも、その人にしか分からない悩みはある…場合だってあるのだ、と私は思っている。

条件だけ書き揃えたら「幸せ」になってしまうような人が見えない場所でどんなことを思っているのか、どんな知らない経験をしているのか。思考的にそういう経験をしていない、ずっと幸せな人も中にはいるかもしれないけれど データ以外のその人を想像することは忘れたくないと思う。

たとえば電車でとても機嫌の悪そうな知らない人を見ても、(もしかしたらものすごくつらいことがあったりしたのだろうか…)と考え、怒りのエネルギーを「くらわない」ようにすることもある。

私の特徴は良くも悪くも「考えすぎ」であることは自覚しているのだけれど、こういう考えすぎのパターンがある自分は嫌いじゃないかもしれない。まあその知らない方に八つ当たりされたら嫌だけど。

 

幸せ。昔は「幸せ」という言葉を使うのが少し怖かった。

幸せを感じる瞬間はたくさんあるけれど、幸せって言葉は人生最上級の何かに使うべき言葉なのだろうかと勝手に遠慮をしてしまっていたし

ひとつの幸せを感じたら「ネガティブなほうの私は終わり」で「ずっと幸せでいなければならない」のかとおかしなことを考えていたふしもあったというか。

「楽しい」と「嬉しい」は私にとって幸せとほぼ同義なので、幸せというワードが使えなかったときもこれらの言葉は頻繁に使っていたと思う。

 

今もそこまで頻繁に幸せ!幸せ!と連呼はしないけれど 「絶対に言うまい」とまで構えなくてもいいのだと思えたのはたぶんここ数年のことかもしれない。

(ちなみに絶対に言うまいと敬遠していたワードには「感謝」も含まれる。これも幸せと同様今でも使うことに勇気のいる言葉である。最近は封印を解いて、頻繁にではないけれど恐る恐る日常でもたまに使う。たぶんSMAPのおかげである。KANSHAする。)

小さな幸せでもインパクトのある幸せでも、私は幸せなことがあるだけで嬉しい。それは考えなくたって当たり前のことだった。

そこで終わりじゃなくてもいいのだと、幸せに「なってしまったって」終わりにしなくてもいいのだと、それをもっと自覚してもいいのだと だんだん思うようになっていった。


たぶん幸せの形や色も、人にはそれぞれ事情があるように人それぞれ違うものだ。
だからこそどんな幸せからも逃げないような人でありたいと思う。


最近書きたいことが溜まりすぎて、投稿したいのにいろいろ考えて投稿できないことが多くて
文章の海に溺れそうだったのでたまにはリアルタイムでえいっと投稿してみます。1時間未満で生まれた言葉たちよ、いってらっしゃーい。最初15分で完成したのに書き足したら増えたよ。

 

本当はチョコレートを食べながら「そのチョコレートは」 のタイトルで詞を書こうとしたのだが、その前にただ目の前の状況を書いていたら謎の考察日記ができた。

あ、裏じゃない裏日記たまに更新しています。プロフィールの名前をクリックすると飛べるのでふしぎな人は冷やかしにきてください。

 

 

 【書きたい&書き途中】

今月上旬〜中旬に投稿する予定。書きたいことが水のように…いろいろじっくり書く時間がもっとあればいいのになあ〜なんて時間管理できていない発言をしてしまう。

・北海道グルメ日記

・北海道夜景日記

・ちょっとネガティブなもの

・嬉しかった賞とコンプレックスについて

・SMAP9/9記事後編