かくしごと(空色MIX)

webライターっぽい30代女が趣味で綴るエンタメオタク日記。 ライブレポ、何かの感想、日常、ときどき思考整理。

【小沢健二ライブレポ】ぼくらが旅に出る理由は、オザケンの魔法を信じ続ける幸せを知ったからだろう(5/2武道館)

フジロック以来の小沢健二を観てきた。

去年私がフジロック行きを決めた理由の95パーセントは何を隠そう「小沢健二を観るため」であったが、

またこんなに早く小沢健二のライブを体験できることになるなんて、まだまだ魔法は続いていたらしい。

 

【開始前・お祭り屋台】

「春の空気に虹をかけ」

#春空虹 と呼ばれているらしい今回のステージ。

あいにくこの日の夜は雨模様だったものの、

ゴールデンウィークにぴったりなタイトルだ。

早々にチケットを手に入れてくれた友人と会場前で落ち合う。

 

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「グッズのシャボン玉、買いだな」

「7色ライトも絶対に欲しい」

フジロックのライトは金色だった」

「歌詞Tシャツ欲しいけどウサギTも気になる」

「本とは」

高いテンションでまずは物販コーナーへと赴くも

「シャボン玉、ライト、売り切れです」

ええっ…

「じゃあウサギT」

「そちらは全サイズ完売です」

ええ……

「歌詞Tシャツは」

「こちらのLサイズのみです」

えええ……

「長袖シャツはございます」

うう…今日はTシャツの気分なんだ……!

 

フジロックのときもほとんどのグッズが早々に完売したようだけれど、武道館でもなのか。

すごい人気だ。小沢健二の威力と物販セールス状況にまた驚かされる。

 

「ほ、本はあるぞ…立派な…本が」

「…1冊ずつ買おう」

「うん。中身はまだよく分からないけれど…」

私は迷った末に赤を選んだ。

 

そして、せっかくなので

「長袖シャツください」

「LサイズのTシャツもください」

友人は長袖シャツを記念に購入し、

私は大好きな『ラブリー』の歌詞が入ったピンク色のTシャツをわざと少し大きめに着ることを決意した。

 

お祭りの屋台で過ごすような時間を経て、

いよいよ本会場となる魔法の世界へと足を踏み入れた。

 

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(いったいなんて書いてあるのだろうか?)

 

【ステージと一体化する魔法の席】

「え!ここ、ステージの真裏じゃん!!」

チケットに書かれた案内を元に辿り着いた場所を見て友人と私は笑いそうになった。

そう、そこは予想外の「ステージにいる人の背中を見ながら客席のみんなの顔を見る、もうひとつの客席」だった。

「後ろ姿しか見えない…けど……近ッッ!!

そう、そこは「後ろ姿である代わりにめちゃくちゃ近いよ、オマケつけといたよ」と言わんばかりの

距離感としてはかなりの良席でもあったのだ。

 

大体の人はそりゃ真正面からステージを見たいと思うだろうけど

私はそんなに落胆していなかった。

なぜなら私の身長は四捨五入して152センチ。

アリーナ席の後方なら、まず間違いなくステージが「なんにも見えない」のだが

真裏なら確実に「姿は見える」から、寧ろいいかもしれない。助かった。

それにこの位置。まるで「小沢健二のバックバンドの一員かのような席」ではないか……

しかも私たちの席位置は完全にセンター。

ステージのセンターから、小沢健二のパフォーマンスと客席の様子を目撃できる……?

バックバンド視点か、あるいはスタッフ視点か?

どちらにしても(※どちらでもない)

こんな体験滅多にできない!

それに彼らはどんな席の人でも楽しんでもらいたい、と絶対に何度か後ろを向いてくれるだろうし(染まった大人の考え方)、大丈夫、顔は見られる。

ワクワクしながら時を待つ。

 

ちなみに開始前、同日小沢健二を観に行くと話していた同僚から

「ステージ真裏の席でした」とLINEが届き、さらに笑いそうになった。

待て、それめちゃくちゃ近い可能性あるから。

 

【魔法の時間が始まった】

ステージが始まる合図、客電が落ちたときの光景に息を飲んだ。

「めちゃくちゃきれいだ………」

売り切れたグッズである7色ライトの光が、客席で一斉にキラキラと輝きだした。

さすが売り切れただけあって、みんながサクラなのではないかと言いたくなるほどの光の量。

その光景は夜の川に咲く花のような、

野外フェスティバルで見るかのような解放感のある輝き。

ステージの真裏から、そうつまりステージから見る景色とほぼ同じ景色を私は目撃したわけで

「ステージからはこんなに美しい光の川が見られるのだな」と

曲を聴く前から、本人が出てくる前から静かに感動してしまう。

 

そして、そのオープニングの時点で私はまさかの同僚の発見に成功。

「え、前列で誰よりも早く立ち上がっているあの人、同僚じゃん………」

本当にものすごく近い席にいたようだ。偶然すぎる。

 

【本当に満島ひかりが普通にいる】

いよいよステージに小沢健二、演奏隊の皆さんが現れたが

そこには本当にナチュラルに満島ひかりがいた。

このときはまだ、後ろ姿しか見えていないけれど

私から見て小沢健二の右側にスッと立っている彼女は、どう考えても満島ひかりだった。

華奢でスタイルの良い黒髪ショートカットの彼女。

あっさりしたTシャツに幅広のゴムシャーリングが施されたロングスカートというのか、ほぼワンピースのような様子をしたファッションに身を包んでいる。

友人「後ろ姿でもかわいい」

確かに。

 

〜回想・国際フォーラム1日目の出来事〜

その日はチケットが取れていなかったため普通に仕事をしていた。

 

「やばいです。国際フォーラム、とんでもないネタバレ見ちゃいました

「なに?どんなネタバレ?セトリじゃないなら聞きたい」

「言っていいですか?ステージに満島ひかりがいるらしいです」

「なんで!?!?」

 

…と、今回座席が超近かった同僚からのリークにより、

この公演に満島ひかりが来るであろうことは分かっていたのだが

本当にそんなに自然に登場するものなのだなと、ちょっと驚いた。

いや、最近一緒に何かをすることがちょくちょくあったり、フラグは立っていたにしたって。

小沢健二は二度目の目撃だったが、満島ひかりは初めて。

面白い組み合わせだなあ、でもなんか、分かるなあ、と思わせる力がある。

 

【セトリ】

音楽サイトから拝借。

ブログのタイトルにレポ、と書いてしまってはいるのですが
小沢健二の曲に関しては、正直に言うと知らない曲もタイトルがあやふやな曲もあるため(ごめんよ…)
特に印象に残った曲や言葉をお伝えしますね。

 

1.アルペジオ (きっと魔法のトンネルの先)
2.シナモン(都市と家庭)
3.ラブリー
4.ぼくらが旅に出る理由
5.いちょう並木のセレナーデ
6.神秘的
7.いちごが染まる
8.あらし
9.フクロウの声が聞こえる
10.戦場のボーイズ・ライフ
11.愛し愛されて生きるのさ
12.東京恋愛専科・または恋は言ってみりゃボディー・ブロー
13.強い気持ち・強い愛
14.ある光
15.流動体について


アンコール

16.流れ星ビバップ
17.春にして君を想う
18.ドアをノックするのは誰だ?
19.アルペジオ (きっと魔法のトンネルの先)

 

【朗読からはじまる小沢健二のステージは今日も難解でファンタジー】
「小沢くん、インタビューとかでは何も本当のこと言ってないじゃない」

で、出たー!!!

明らかに物議を醸すはずなのに強行突破し作品として昇華させる小沢健二にしかできない表現方法の真骨頂、アルペジオの歌詞だー!!!

この日のライブはその歌詞の陽気な朗読(?)からスタートした。

 

小沢健二「小沢くん♪インタビューとかでは何も本当のこと言ってないじゃない♪!」

 

客席「小沢くん ( ˆoˆ )!!インタビューとかでは ( ˆoˆ ) !!何も本当のこと( ˆoˆ )!!!言ってないじゃない( ˆoˆ )(満面の笑み)!!!」

 

どんなテンションだ。

のっけから小沢健二のコンサートでしか見られない可笑しなやり取りだなあと思う。

現実とも空想とも捉えられそうなギリギリの世界で、リアルとファンタジーの狭間で

小沢くんが次に口にする言葉、口にするメロディを心から待っているにおいがする。

ちなみに私、「下北沢みん亭」のくだりが好きです。みん亭おいしい。甲本ヒロトの元バイト先。

 

【踊る小沢健二、踊らされるぼくら】

『シナモン(都市と家庭)』で触れずにいられないのは、やっぱりスーパーヒーローにヘンシンするときの振り付けだろう。

あの小沢健二、そして満島ひかり

後ろ姿でも超ダサかわいかった。

あの、本当に変身できるのだろうか?

と突っ込みたくなるぐらいのヘナヘナしたポーズは狙っているのだろうか。

いや小沢健二がシャキッとヘンシンポーズしていたら、そっちのほうが現実味がないのだけれど。

そしてその振り付けを楽しそうに再現するファン、私も含めて二重の意味で踊らされている…!!小沢健二ワールドにそそのかされている…!と思いつつ、そのたくらみには参加したほうが楽しいって知っているからやめないのである。

 

【メンバー紹介もメロディにのせて】

36人編成でお届けするという小沢健二のステージ。

メンバー紹介がまるで歌のようになっていたのが印象的だった。

ちなみにステージ真裏だったから分かること、

小沢健二満島ひかりの位置にはカンペ、いや台本と言いたい、のようなものがあった。

青い紙に詳しくいろいろ書かれていた模様。

私はメンバー紹介という歌を聴きながら

やっぱり小沢健二は頭が良いから、どんなに多くても全員の名前と呼ぶタイミングを暗記しているのか

と思っていたが、その最中にカン…台本に気がついて少しホッとした。

小沢健二も人間だった。

 

【LIFEのターンに見る、小沢健二ファンのふしぎな特長】

『ラブリー』『ぼくらが旅に出る理由』

この2曲は説明の必要がないぐらい、ここにいた人々にとっての合言葉的な曲だと思うし

客席の高揚感も説明の必要がないぐらい、想像がつくかもしれないけれど

私は三日経ってもあの会場の空気を一言で説明することができずにいる。

 

小沢健二のファンって、本当に老若男女という言葉がぴったりで

彼と同世代の男女はもちろん、彼より上の年代の方もいるし

親子で来ている方もいるし

どこから知ったのかな?と聞きたくなるほど若い女の子もいるのだけれど

ボリュームゾーンはやっぱり「小沢健二をあの頃通って来た層」なのではと思っている。

それなのに、会場の空気は

あの頃、あの曲を聴いていた90年代にみんな戻ったかのように青春を思い出して喜んでいる……だけではないと思えるのが面白いところで。

うまく言えないけれど、

小沢健二を聴く人たちは、あの頃の小沢健二聴きながらも未来を、今を生きているような気がする

小沢健二が青春をもう一度よみがえらせてくれた!
と単純に楽しんでいる人たちってそんなにいないのではないだろうかと。

懐かしさに高揚するだけじゃない。

それより、やっと小沢健二がここまで来てくれた、というか

やっと小沢健二と今を共有することができる嬉しさのような空気があふれているような気がする。

止まっていた時間が動き出したとでもいうのかな。

 

あの頃の名曲を聴くだけなら頭の中でもスマートフォンでもできるけれど、

それを今の小沢健二が歌い、今の自分たちが聴くことに意味があるのだと思う。

 

【あらゆる旅を受け止めてくれる小沢健二の音楽】

想いがさらにあふれたのは『ぼくらが旅に出る理由』を聴いているときだった。

この曲を聴きながら私は涙が出てしまったのだが、会場の一体感をステージ側から眺めながら

「ぼくらが旅に出る理由は小沢健二の魔法を信じ続けるためだったのか」

と頭の中で呪文のように繰り返していた。

なんだそれ、と自分でも思いますが

旅を年月や生活の象徴だったり、

新しい発見や興味の移り変わりに置き換えてみるとイメージしやすいかもしれない。

 

私たちは毎日時間という空間を旅している。

空間移動をしなくても、誰でも必ず、生きているだけで体験できる旅だ。

少年や少女が大人になることは、あの頃とは違う場所まで旅をしてきた ということだ。

 

私たちは毎日少しずつ変化している。

それは目に見えるものであったり、見えない心のほうであったり。

新しい場所へ行きたくなったり、時には過去に戻りたくなったり。

その変化という旅の先に魔法のような喜びが待っていればいいのに、と私は願う。

 

小沢健二のライブには、その「旅の先」に喜びがあることを示してくれるような世界がある。

というより、「喜びがあるといいよね、こんなふうに」と エンターテイメントで出来る限りの幸せ製造と提案をしてくれているような。

時間の旅も変化の旅もまとめて受け止めてくれるファンタジックな力があるように思う。

ここにいるときもいないときも、

またここに来れば音楽の魔法を大まじめに信じている小沢健二やたくさんの人間がいる。

それが、彼が使える魔法のひとつなのかもしれない。

 

旅に出る理由なんか聞かずに、どんな状態になって帰ってきても

おかえり、と受け止めてくれるような。

ここにはまだ他所では失われたはずの輝きが残っているから、くつろいでいってくださいねと言わんばかりの家庭的魔法。

 

ただ少し付け加えたいのは

小沢健二自身が「いつどんなときも我々を笑顔で迎えてくれる海のように広い心の人」と言いたいわけじゃないんだ。

私はそこまで現実の小沢健二をファンタジー化していないし、たぶん現実の小沢健二、相当難しい人だと思うし。

ただ、彼の音楽にはふっと息を緩められる魅力がある。

彼自身も小沢健二という音楽を一目置いているから、またやろうと思ったのではないかな

と感じるぐらいには、客観的に小沢健二を見ているような気もするのだ。

だから安心するのかもしれない。

 

【MCらしいMCは、ほぼ空想で終わる】

この日の小沢健二、あまり喋らなかったと思う。

フジロックでしか彼を見たことがないから、普段饒舌なMCをする人物なのかどうかも定かではないのだが

この日いちばん長い時間喋っていた瞬間といえば、これだったのではないだろうか。

 

「雨結構降ってきちゃいましたね。大丈夫ですか?」

 

ああ、ライブ前に降ってきた雨を気にしてくれているのか。

大丈夫ですよ、もう武道館の中ですし。

 

「まあ、野外だから仕方ないと思うけど…」

 

んっ?

 

まさか……何かがはじまっているのか?

客席も何かを悟る。

 

若い人たちは知らないと思うけど」

 

うん?なんだろう。

 

「ここには昔、日本武道館という建物があったんですよね。」

 

跡地設定!?

 

やっぱり空想設定はじまってたー!!!

 

小沢健二のライブでしか成立しないような、架空の未来のMCが数分に渡り繰り広げられたのでした。

 

金閣寺みたいに焼けちゃって…とか、物販のスタッフが火をつけて…とか、

そうしてここは北の丸アンフィシアターになったとか、小沢健二じゃなかったらおーーい!とついていけなくなるところでした。また見たい。

 

満島ひかりと青い傘】 

この日の『いちょう並木のセレナーデ』は作品として美しかった。

というか、これは反則だった。

満島ひかりが完全に女優として演技をしていた。

ステージ端に腰を下ろす小沢健二

青と紫が混ざったような複雑な美しさのビニール傘(野外設定だからね)をくるくる回す満島ひかりが、小沢健二の元に歩いてくる。

二人は並んで座り、傘を差す。

え?相合傘……こ、これは恋人同士の設定なのだろうか?

小沢健二、役得すぎるのでは。

そう思った人は正直に教えてほしい。

私だけだったら考え過ぎかもしれないし。

 

曲の終盤になり、満島ひかり小沢健二の元から去る。

ステージの端と端に立ち、いちばん遠くから二人は見つめ合い、そして離れる。

え?だからこれ何設定…?

現代版・小沢健二流・雨に唄えば?(ちがう)

聞きたいことはいろいろあれど、

美しかった。

 

満島ひかりがここにいてくれる正解】

「そして報道の通り、満島ひかりは全曲参加し、歌います」

メンバー紹介時に客席がワッと歓迎に沸いた。

小沢健二のライブに満島ひかりがいることがなぜここまで自然で、なぜここまでファンにも受け入れられるのか?

それは「満島ひかりだから」としか言いようがなかった。

たぶんほかの女優ではダメで、ほんのりサブカルなにおいと絶対的な美しさとコケティッシュな魅力を持つ、小沢健二の歌詞に出てきても許せる女の子だから良かったのだ。

満島ひかり、すばらしい。

私は特別彼女のファンではなく、演技が好きなわけでもない。

むしろ普段の演技はちょっと大げさなんじゃないかと思っているぐらいだ。

(某ドラマも脱落してしまった)

でもこのステージに彼女がいることは必然だったように思う。

ライブのステージがひとつの作品になり、

女優として台本を完ぺきに自分のものにして、

世界観に溶け込み、彩りを添えていた。

とにかくその世界は美しい!

歌手になり、女優になり、時にはセットを作り上げる一部になり…

特にあの、なんて説明したらいいのか

鉄のパイプみたいなものを4つ小沢健二の周りに設置して

光る糸をぐるぐる巻いて曲中にボクシングのリング(もっとロマンチックな表現を募集中)みたいな世界を作り上げたシーン、謎すぎて感動してしまった。

あのとき申し訳ないけれど小沢健二のことが見られなかった。ひかりの光だけ見ていた。

さて、小沢健二はそのリングからどう抜け出すのか!!…と楽しみにしていたら曲が終わる前にあっさりリングを解体してしまったところもすごかった。

小沢健二満島ひかりに本当にたくさん謝礼をお支払いしてください。

後ろもちょくちょく向いてくれて本当にかわいかった。

同僚は、終盤に光の球体のようなものを持って左手を掲げる満島ひかりの横顔がすばらしいと言う。

「本当に女優だ」と見惚れてしまったらしい。

分かるよ。芸術品のようだったね。

 

【パチンッ。生活に帰ろう】

「どうもありがとう。アンコール呼んでください」

そう笑いながら言い残しステージを一旦去る小沢健二

アンコールがあることにホッとしつつ、ああそろそろ魔法の時間が終わるのだと寂しい気持ちになる。

小沢健二もそんな会場の空気をもちろん察する。

ますます盛り上がり名残惜しむアンコールの観客に向けて、彼は話し出す。(要約です)

 

「こんなに盛り上がっているのに、終わるんですよ

 

いちばん盛り上がっている楽しいときにライブは終わってしまうものなのだ。それがいつもなんとも言い難い気持ちになるのだろうか、そんな雰囲気を醸し出しながら彼は語る。

 

「僕、カウントダウンが好きで。すごく簡単なのに、一緒に作り上げている感じがして。」

 

ライブ中、「東京!」「男子!」「女子!」とまるでaikoのように客席と十分コミュケーションを取っていたような気もするが、小沢健二は特にカウントダウンで客席とのつながりを感じるようだった。

確かにそうだなあ。

では、カウントダウンでラストの曲を始めるのだろうか。

心の中で準備したが、どうやらそうではないらしい。

 

「だから、みんなでカウントダウンをして、日常へ帰りたいと思います。」

 

え?あ、そういうことか?

と言いつつまだ事態が飲み込めていない私。

もしかして、カウントダウンをしたら客電がついて終了するのか?

魔法が解ける瞬間まで演出するのか。

さすが小沢健二だ………

 

「行きますよ」

 

ドキドキ。

 

小沢健二・客席「5」「4」「3」「2」……

 

「1」

 

パチッ。

ここで小沢健二の指が鳴ったような音がする。

(ちゃんと見えていない)

 

「生活へ帰ろう」

 

小沢健二は朗読し、

ここでフッと客電が「消えた」。

 

辺り一面、夜の花のライトが綺麗に咲き誇った。

まるで、ライブの開始前と同じように。

 

いやいや、

 

生活帰れねー!!!!!

 

最後にこんな非現実なファンタジーな景色見せるんかい!!!

 

私は小沢健二に心の中で笑いながら抗議した。

しかし小沢健二は既に日常に戻っているためステージを降りてしまっていた。

魔法使いは夢を叶えたらいつのまにか消えてしまうものなのだ。

 

客席は慣れたもので、本当に生活に帰るのが早い人たちがすぐに席を後にしていて

住人なのだなと思った。

 

この話を別のミュージシャンのライブによく行く友人にすると

「ええ!(生活に)帰っちゃうの」と悲痛な声を上げた。

ライブは帰るまでが遠足というタイプには確かにあのカウントダウンは慣れないだろうなあ。

でも小沢健二のライブは劇場でも魔法でもあるから、一度その夢から覚めておくようにしないと…術にかかりっぱなしは身体に負担がかかるかもしれないしね。

 

最後まで小沢健二のライブだった。私は満足した。

 

【あの曲をやらなかったけど、見えた別の景色】

フジロックで観たいと思うほど小沢健二に惹かれた理由は

『さよならなんて云えないよ(美しさ)』に感銘を受けたからだった。

 

さよならなんて云えないよ

さよならなんて云えないよ

 

 

この曲のすばらしさを語ると長くなるためまたの機会にするが、

とにかく「そして静かに心は離れてゆくと」の歌詞に人生の縮図を見るかのような気持ちになり、小沢健二はやはり表現の天才なのだと思った。

フジロックではこの曲も歌ってくれたのだが、なんと今回は歌わなかった。驚いた。

ブギーバックもやらなかったな。フジロックではどちらも演奏していたのに。

やっぱり去年行ったのは正解だったのだ。

行けるときに行っておく。これはライブに限らず身につけたい習慣だ。

 

今回は『ぼくらが旅に出る理由』で泣かされたから良かった。

『さよならなんて云えないよ(美しさ)』をフジロックで聴いたときの号泣とは違うけど、どちらも人生に必要な涙だ。

 

『強い気持ち・強い愛』で見た客席の合唱も良かった。愛はここにあると思った。

 

 

刹那

刹那

 

『刹那』は去年初めて聴いた。さよならなんて〜と強い気持ち・強い愛、そして通快ウキウキ通りまで入っているのにふしぎとまとまるアルバムだ。この3曲をリピートする率がやはりとても高い。

 

【ステージ真裏から見たステージの感想】

バックバンドの一員のフリをして、時にはオーディエンスを盛り上げている一部なのではと錯覚した真裏の席。

そこから見た景色は秘密にしておきたいぐらい幸せな光景だった。

あの景色を見たら、小沢健二、またライブやりたくなるだろう。

光の美しさだけではもちろんない。

あんなに観客の顔がしっかり見えるとは思っていなかった。

正直、顔めっちゃ見えますよ。そしてほとんどの人が笑顔。

最前列にいたお揃いの服を着た女の子二人、

ピンクの歌詞Tを着て笑顔で歌を口ずさむ2列目の男性、

明るい髪色をした女性、楽しそうな夫婦……

特に客電がついたときなんて後ろの席まで丸見えです。

小沢健二、あれは見てますよ。

 

真裏の仲間たちも、ねじりはちまきのおじちゃん、遊ぶ子ども、いろいろな人たちがいた。

なんかフェスっぽかったな、あの空気。

誰でもいいんだよ。誰でも楽しんでいいんだから。という感じの。

 

最後のほう、もうライブをテレビで観ているような空気になっちゃっている子どもがいて

家族の膝にロールケーキみたいに寝転がっていたのだけど
その子どもの声すら小沢健二のステージの演出みたいに思えてファンタジーだった。

小沢健二のステージは何でも違和感がない。

 

あと、棒立ちの人は思った以上に目に留まりやすいことも分かった。

そんなつもりじゃない人は、やり方分からなくていいからリズムに乗ってみると一員感が出るかもしれない。

 

【そういえばシャボン玉】

会場では禁止されていたはずなのだが、

ステージではみんな思いっきりシャボン玉を吹いていて拍子抜けがした。ずるい。けど仕方がない。

機械を通してものすごい勢いでシャボン玉が飛ぶ演出もあった。

楽器隊の皆さんが後ろの席に向かってシャボン玉をフーフー吹いてくれたのがとてもかわいらしく嬉しかった。

 

【私のオザケンに対する印象の話】
ずっと小沢健二を追いかけているファンの方に申し訳ないけれど、
私はグッズの本の内容も詳しく調査していない、知らない曲もある

本当にライトな「入り口としての小沢健二を好き」な存在だと思う。
『ラブリー』『愛し愛されて生きるのさ』『今夜はブギー・バック』など多くの人の心を高揚させた数々の名曲が収録されたアルバム『LIFE』を
それぞれの歌詞の意味も分からずに熱心に聴いていたのは小中学生の頃。

 

 

LIFE

LIFE

 


『LIFE』は不思議なアルバムだ。
歌詞の内容が分からなくても心地良いし、そういうものが愛なのだということを英才教育されていたような気がする。こわいものだ。いやいいけど。

 

実は私はずっと心のどこかで、小沢健二は音楽が第一ではないはずだと思っているところがあった。
だから音楽から離れた小沢健二にもあまり驚かなかったし当然かもしれないと思っていた。

90年代のあの時期にも
「東大ってところに入っていたひとがなぜ音楽をやっているのだろう」と

余計なお節介な感情を抱きながら妙に惹かれている自分がいたりした。

 

彼は天才なのだから、音楽は本気じゃないのではないだろうか。
今はたまたま音楽という研究対象に出会い、奥深さ(楽しさもそうだが、彼が続けるとしたら奥深さが必要不可欠だと思っている)に魅せられているのかもしれないが
他に夢中になれることを見つけたら、そっちの研究に没頭するのではないだろうかと思っていた。

音楽じゃなくてもいいのかもしれない。

久しぶりに音楽シーンに顔を見せたり、ライブやフェスに出演するなんて報せが入ったときにも
「今だけかもしれない」
「気まぐれかもしれない」
「またいつやめるか分からない」
と思っていたし、
運の良い奇跡を目撃しに行くような気持ちでフジロックに向かったのだ。
そしてそれは、疑心暗鬼になって申し訳ないが今回のライブでも同じだった。

 

でもこの日、その空間には音楽の幸せがあった。

良かった。小沢健二が音楽家として働いている。

天才・小沢健二が音楽を楽しいと思っている。

そう思えたことと、その事実に感謝したい。

 

まだ楽しめることがあるならば、

またステージと客席で会いましょう。

 

小沢健二のスタンスについて】

私はたぶん小沢健二の生き方を羨ましく思っている。

あの恐ろしいぐらいの頭の良さ、独特の思考回路を噛み砕こうとしない潔さ。

複雑でユーモアのある難解でシンプルな言葉、

小沢健二にしか許されないような活動方法や演出。

分かりにくさを恐れない、むしろその分かりにくさをファンは喜び歓迎する。

 

「その人のままで、ただただその人のままで存在することを受け容れられている」

 

小沢健二はその象徴ではないかとすら思う。

小沢健二の音楽、歌詞、メッセージ

本当はシンプル?本当は難しい?

全て理解できている人なんていないのではないか。

でもそれでいいのだ。

 

 

最後に写真をいくつか。

 

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例の本を買ったら王子のような人がついてきたよ。

 

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本と歌詞T。

 

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Lサイズでもなんとかなりますよ。

(152センチ女性)

 

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本当だろうか?

 

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売り切れてしまったライト。

光らせたかったなあ。

 

さて、次に小沢健二の魔法にかかることができるのはいつだろうか。

それまでほどほどに、生活や非日常を行ったり来たりして楽しんでいますね。