かくしごと(空色MIX)

webライターっぽい女が趣味で綴るエンタメオタク日記。 ライブレポ、何かの感想、日常、ときどき思考整理。

【木村拓哉ドラマ決定】何をやってもキムタクに見えるフィルターを外してみると。

風邪を引いてしまったようで、大好きな長文を書くこともできず日記が滞っております。ライブレポ早く完成させたい。

 

滞っておりましたが、今朝素敵なニュースを見てほんの少しの文章でもいいから早く書きたいと思いましたので……

 

木村拓哉、来年1月にドラマ決定だってよ!

わーい!おめでとうございます!!!

そしてありがとうございます!!!!!

 

来年の楽しみができました!ありがとうございます!!!!

もう働かなくても遊んで暮らせるはずの木村拓哉が働くと、日本中いや海外のファンも含め、いろいろな人が明日への活力をもらい元気になる…

木村拓哉、働いてくれてありがとう。そんな意味も含めたありがとうでございます。

 

木村拓哉「エンジン」以来13年ぶり脚本家とタッグでドラマ主演「意外性を感じた」役に初挑戦<コメント到着/BG~身辺警護人~> - モデルプレス

 

しかも『GOOD LUCK!!』、『エンジン』の脚本家の方なのだね。最高なにおいがする。

 

さっそく記事内の本人のコメントを見たのですが、

いきなり脚本家の方に向けて(いやコメント自体は主にファンに向けてのものですが)

 

“ボディーガード”という職業をテーマに選んでくれたことに感謝したい、と思いました。

 

とジーンとしている(?)木村拓哉になんだかツボる。

あっ、もしファン以外の方がこのブログを見てくださっていたら補足したいのだけれど

木村拓哉ってね、なかなか独自の言葉を持っているのですよ。

言語感覚がなんかね、詩のようで物語性があるのだ。それまでにも薄々そんなにおいを感じてはいたものの、確信したのはおそらく20年以上前のSMAPツアーパンフレットを見る機会があった際にそこに書かれた彼の言葉を見たときだった。

ここでは詳しく語らないけれど、それはメンバーを太陽とか風とか雨とか星とか月光とか美しいものに例えた そして自分をと例えた そしてそして「6人の風景は違っていても、心はひとつ。それが、SMAP」と結んだーいわば、鮮やかにきらめいた詩だった。

風景は違っても…泣かせるよね…!

まあ若かりし頃のポエムといえばそうなのだけれど、私は彼はその過去も黒歴史にしないような気がしている。斎藤工タイプだ(某ミュージカルに出演した頃から存じていますが、彼もまたブレイク前の過去を何も隠さない。かなり際どい役も演じているのだが…)。

一部では「話が長い」「ポエ村さん」とネタにすらなってしまうのも知っているが、私は彼のそんなロマンチックで熱く時にユーモアのある言語センスが好きだ。

 

…と、詳しく語らないと言いながら脱線したけれど、なになに。まず自身が演じる役柄への感謝とな。

そこにも感謝するの?すごいなこの人は…毎日あらゆることに感謝しているのではないか?

ラジオを数回聴けばたぶん分かっていただけると思いますが、この方は本当にどんな質問やどんな状況にもまじめに向き合って当たり前のように感謝する人なんだよね…ファン以外にはピンとこないかもしれないけどさ…掘り下げていけばいくほど、いい話しか出てこないんだってマジで…俺様エピソードとか逆に教えてほしいんですけど…?共演者のために四つ葉のクローバーを探してしかも見つけたとかいう話ばかり出てくるんですけど…?

まったく謙虚すぎるよ…と読み進めていたら、

 

僕自身も仕事柄、ボディーガードの方々のお世話になることがあるのですが、彼らがいてくださるというだけで安心感が凄いです。

 

ああ、なるほど。

彼にとっては、自分の身近にある職業だ。

私にとってはほぼ映画やドラマの中だけの話なのではないかと誤解してしまう職業だけれど、そうだ、彼なら一般人より絶対に現場を分かっている…!彼はもはや日常からドラマの中にいるようなものだ…!

それは、伝えたくなるだろうな。

こんなすごい仕事を日常的に行っている人たちがいますよ!と自らの仕事を通して伝えられる機会って、考えてみたらそうそうないはずだ。

きっと嬉しいのだろう。すごいことを平然としている、ものすごい方々の日常を伝えるお手伝いができる…と思っているのではないだろうか。

というか、彼の仕事の姿勢って結構いつでもこんな感じなのではと思うのは私だけだろうか。

自分をカッコよく見せるのが第一ではなく、あくまでその背景にある本職の方々に敬意を表しているように思える。

だからカッコよくあろうとするのではないかなあとすら思ってしまう。

とはいえ結構泥くさいこともやっていますよね。人には決して見せない努力をしまくったり、現場で他のキャストがびびるぐらいめちゃくちゃ真剣だったり(さまざまなドキュメンタリーや記事から考察しています)。

彼の演じる役も、もちろん彼自身も、決して何もせずに何でもできるヒーローになったわけじゃない。

彼はスーパーマンじゃない。

普通の、といったら語弊があるけれど、敢えて使おう。彼も普通の働く人なんだよ。

 

不覚にもこのニュースを知ったきっかけは私の中で賛否両論Yahoo!ニュースなのだけれど、コメント急上昇ランキング堂々の1位だった。

木村拓哉はその人気ゆえアンチも少なくない、いやいつの時代もやたらと「キムタク」を叩く層がいるのは新規ファンの私でさえも理解しているが、まあ今回も多いですね、コメントの「何をやってもどうせキムタク」の数といったら。

もう風物詩なのかな、と思ってしまうほど悲しいかなテンプレ化しているこの文句。

なんだかこの批評(というかそこまで実際に演技を観てはいないけれども単なる悪口として使っている人もいそうですが)って本当に何年も何年も変わっていないから、何なら誰も新しい考えを作らなくてもこれだけ言っていれば世論(※というか一部のネットや潜在的アンチ)にのっかれるような便利なワードだなとも思うわけです。

 

いや、そっち派の言いたいことも分かる。

私もファンになる前はそんな感じだったからだ。

完全なキムタクフィルターがかかっていた頃は、彼の演技をさほどしっかり見ることもなく今回も「ちょ待てよ!」の演技なのかな?とは確かに思っていたよ。

でもそれは…もちろん受け取り方は個人によって違うので、本当にその人たちの中では一生キムタクはキムタク演技なのかもしれないけれど やっぱりフィルターがかかっているからなのだよなあ。

ファンになると、当たり前かもしれないけれどちょ待てよなキムタクフィルターは外れる。そこから見た彼は決して同じだけの演技ではなかった。

 

 いや、でも言いたいことは分かる。

彼の演技はあまりにも自然すぎるがゆえに、あまりにも普通にキムタクすぎるように見えるのは私も理解できる。

そう、どの役も自然すぎるのだ。

おそらくかなりのアドリブやアレンジをスタッフや監督と相談して決めているのだろう。

彼の作品の台本を見たことはないけれど、きっと実際放送されたものとは異なる部分もあるのではないだろうか。台本が、というよりキャラクターが、物語が育っていく感じとでもいうのかな。

それは脚本家の意向かもしれないし、監督の意向かもしれないし、役者本人の発案から生まれたものかもしれない。

そのときどきで違いはあると思うけれど、彼の作品はきっと独特の進め方がある…というか、現場全体がそういう空気に引っ張られていくのだろうと思う。

(それをわがままと捉える人もいるのかもしれないけれど。もし毎回そのせいで現場の空気が最悪だったら彼にも改善すべき部分はあるのかもしれないけれどさてそんな話は…)

その役がそのままそこにいるような、カメラがその役柄を追わないときのほんの一瞬を切り取るような。役として出たささいなボヤき、感情、ふとしたしぐさまで、彼は自然に再現しようとしてしまう。のではないだろうか。というかちょっと異次元な吸収力なのではないだろうか。

その一連の行動があまりに自然なんだよ…だから、キムタクがキムタクとしてセリフを発しているように思ってしまうような気が、(ファンになったあとの)私はしている。

もしくは単に存在感がものすごいからキムタクにしか見えない…というのもあるかもしれないが。

 

いつの頃からか、カッコつけてるだの負けず嫌いで大人げないだのやや小馬鹿にしたような彼の批評を聞くたび

無意識に「でも努力を絶対見せない人なのだろうね」「負けず嫌いだからここまで成功したのだろうね」「キムタクでい続けられるのはキムタクだけだよね」とか、思えばかなりキムタクを庇っていたことにも気がついたのはファンになってからだった。

 

今年1月期に放送されたドラマ『A LIFE 〜愛しき人〜』でもこんなエピソードがあった。

ある回の印象的だったやり取り。

松山ケンイチ演じる井川先生が、木村拓哉演じる沖田に向かって「人の命、何だと思ってるんですか?」とイラつきながら問いかけたシーン。

その返しが

「知ってるなら教えてくれよ…」

という名ゼリフ来たわ…なセリフだったのですが、なんとこれは木村拓哉の「自然と出てきた」アドリブから生まれた言葉だったのだとか。ねえ。言葉までイケメンか。あ、すみません心の声が。

他にも、患者である少女に向かって「痛かったらぎゅっと手を握っていいよ」と話しかけたハートフルなセリフも木村拓哉のアドリブだったとかまあ、そういう伝説が今年だけでもいろいろありましてね。

たぶん彼はね、なっちゃうんですよね。その役の人物に。もうその役そのものの人生を短期間でインストールされたのかな?って気持ちです。

ああでもきっとこの考察、ファン以外の方からしたら何言ってるの?って感じだろうなあ。分かる、分かるよ…でもそう見えなくなった側も、初めからそう見えていなかった側も確実にいるのだ。

 

キムタクのドラマはキムタクが演じやすいように「あて書き」が多いのだろうとか、キムタクが自分で言いやすいようにセリフをアレンジしているだけなのだろうとか、そういう捉え方だってもちろんあるかもしれないけれどもね。

確かにもしかして、私が大好きな漫画がドラマ化か映画化したとして、木村拓哉がその役に入り込んでさまざまなアレンジを加えてくれたとして、しかしそれが私の思っているキャラクター像とは違うんだー!ってなったら、木村拓哉それは違うんだよー!って思うかもしれないけどさ。どちらが合っているかとか、そういう話は難しいかもしれないけどさ。だから何らかの原作ありきの作品には、あまり断定した書き方はできないけれど。

しかし、「あまりに彼がその役にしか見えないのに、あまりに彼の演技が自然だからキムタクのままだと思ってしまう説」が浮かんだあとにさまざまな作品を思い返してみると、ああなるほどと思ってしまうのも事実なのであった。

そもそも、彼の演じた役柄って別に似た役柄ばかりでは ないのだよな。

個人的には『眠れる森』の木村拓哉も好きです。

あ、あとファンになってから観たハウルの動く城も最高でした。キムタクの普段の演技(??)が苦手な人はまずハウルを観たらいいかもしれない。特にファンではない友人も「最初キムタクって分からなかった!ハウルのキムタクはいい!」と話していたぐらいなので。

 

ある事件の犯人が影響を受けたと話したことが元で封印されてしまったという『ギフト』もリアルタイムで観てみたかったなあ。

たまには悪役をやってほしい、という声も分かるけど、この『ギフト』にまつわるエピソードがあったからなのではないだろうか…とどうしても思ってしまう。一つ覚えで「悪役をやろうとしない」という人はこのぐらいのエピソードを知った上で言っているのかしら。

(でも来年公開の映画では事件を起こす役を演じるようなので、いつかもっといろいろな役が解禁される日も来るのだろうか。それも純粋に観てみたいなあ。)

 

まあ、どれもこれも木村拓哉のファンにならなかったら気がつかなかったことかもしれないけども。

でも、もしかしたらキムタクフィルター自体はファンになる前から外れていたのかもしれないね。無意識に庇っていたぐらいだもの。いったいいつから私は木村拓哉のことが気になっていたのだろう?

 

いわゆる多数のキムタクアンチがそれに気がつく…というか、素直に認める…?のは、もしかして4、50年後ぐらいなのかなあとさえ思う。

この世界、実際にその人が晩年を迎えたり寿命をまっとうしたりした後から「なんでもっと早く本当の魅力に気がつかなかったんだ」「今までちゃんと見ようとしなかった」「いろいろ言われていたけどなんだかんだですごい人だった」「ひとつの時代が終わった」と称賛されるケースがとても多い気がするのは仕方がないことなのだろうか。

(私もhideさんを好きになったのは彼が亡くなってしまったあとだし、そう考えると私もそれまでは気がつかなかったじゃんとなるのだが…)

いや大袈裟ではなく、どうせすごいと分かっているのだから キムタク、木村拓哉という日本から生まれたスターと同じ時代を生きていられるすごさにもっと早く気づいてほしいというかもっと認めていいと思うの。日本全体でもっと丁重に扱って感謝していいと思うのだけど…なんでキムタクだけいつも異様に「まあ頑張れや」的にハードルが高いんだ……頑張りまくってるだろ、20年以上も第一線で………

 

彼にだけ特別課せられるものすごい高さのハードルを常に真剣にクリアしようと取り組みそしクリアしていく、まじめでストイックな役者の顔を持つ木村拓哉

同時にもちろんスーパーアイドルでもありスーパースターでもあるし、言語センスはロマンチックだし、スマスマでコントのクオリティも実証済みだしラジオは中二テンションだけどめちゃくちゃリスナーにやさしいしまあ、とにかく木村拓哉は思った以上に奥が深いし思っていた以上に魅力的な人(なのだろう間違いなく)と思っています。

木村拓哉、とても長生きしてほしい。そしていろいろなことに挑戦し続けてほしい。そう彼はきっと長生きしてこれからも私たちを楽しませてくれるはずだから、たぶん生きているうちにファンになっておいたほうがその後の人生を楽しめるかもよ。なんて言ってみる。

キムタクフィルターを外してみるの、おすすめだよ!

 

というか、もう何年も、10年20年も日本中が「キムタクの演技」や「キムタクの存在」についてあれやこれやと語るってどんな現象だ。

ほんとすごい存在ですね。木村拓哉という人は。

(そして全然「ほんの少しの文章」ではなくなった!)

 

次回はおそらく先日行ったすばらしいライブの話です。