かくしごと(空色MIX)

webライターっぽい女のオタク気質ライフ。 ライブレポ、何かの感想、日常、思考整理。まずは素直な文章を。

『濡れゆく私小説』に仕舞い込むのは

indigo la Endの『濡れゆく私小説』を、眠る前の誰もいない部屋で聴くのが好きだ。

 

 

もともと川谷絵音の作る楽曲は好きで、ライブにも足を運んだことがあるが(3度ほど)
今作はやっぱり、ちょっと、ほんとうに名盤だと思う。
一枚のアルバムでここまで一貫して同じ物語を切なく美しく儚く描ける人って、きっとなかなかいない。

 

 

「この曲めちゃくちゃいいな」

ハッと曲のタイトルを見て、目を閉じ、世界観に浸る。

 

 

それを全曲分繰り返す。

 

いつのまにかアルバムの最終曲に辿り着いているのだ、ほんとうに。

 

 

 

誤解を恐れず言えば─その曲たちが本人の醸し出す雰囲気やバックグラウンドによってどこまでも複雑な説得力にあふれているのに、
それでいて現実離れしているハイレベルなフィクションとして成立しているのも面白い。

 

何より、こんなに心に寄り添ってくれる音楽、
理屈抜きに貴重で極上に決まっている。

 

 

 

今日はどんな日だった?

私は、あなたは?

 

 

気軽に聞ける人、聞けない人。

 

 

川谷絵音は、「聞けない人」の気持ちをいつでも丁寧にすくいとってくれるように思う。

 

強靭なメンタル?

ほんとうにそうかな。

 

 

 

どんな日だった?なにがあった?

 

聞けないまんま、歌を聴く。

 

 

 

あなたの音楽や色んなことに救われている夜の部屋や何色もの涙がたぶんいくつもあることだけは、知っておいてほしいんだ。

 

 

あのとき久しぶりに曲を聴いて、歌詞を読んで、自然に涙が出たのだからさ。

 

 

 

酷なことを言うけれど、
ミュージシャンの川谷絵音に対しては

「このままいつかの切ない恋を忘れないでくれ」
そう思ってしまうほどには素晴らしい才能と執着が、彼にはある。

 

はにかむ普通の男性としては、どうだろう。分からないけど。

 

すべてがフィクションであってもノンフィクションであっても、彼の内に秘めた高い芸術性を誰が否定できるだろうか。

 

 

 

曲順にも「確実に」意味を持たせていると思う。
どれだけ正直な私小説なのかと頭が下がるが、
ぜひこのままの、ストレートに設定された曲順で最後まで聴いてほしい。

 

私は曲順通り聴いて、並行して歌詞を読み、度肝を抜かれた。

 

 

 

なんで全部分かるんですか?

 

「ああいうとき」の気持ちが─

 

 

絵音にそう聞きたくてたまらなくなった。

 

 

 

恋の喜びと戸惑い、自信と不安、
そして、静かなあきらめと感謝。

 

 

なにより、『結び様』で終わるのが素晴らしすぎるんだよな。

 

 

好きなことにするか、

好きじゃないことにするか、

 

花占いで決めたいときがあるように

「わからない」ときもあるのだろうと思う。

 

 

 

濡れゆく私小説(初回限定盤)

濡れゆく私小説(初回限定盤)

 

Amazonのレビューもすべて(!)満点で、みんな高揚した感想しか口にしていない。

ホッとした。そうだよねえ。

このアルバム、めちゃくちゃいいですよね。

 

「絶対聴いてほしい」

「素晴らしいの一言。」

「買えばわかる」

「想像以上です。」

「なんていうか、ここまで完成度の高いアルバムは久しぶりです。買って良かったです。」

 

レビューのタイトルと一文を少し記載させていただくと、よく考えずに業者が依頼したようなサクラ感が出てしまうほどの絶賛。

しかしこれが全て「心からの称賛と興奮」の結果なのだから、川谷絵音は罪な人だ。

 

 

まだ「ほんとう?」と思っている方は、まずこのブログ内の視聴ボタンだけでも押してほしい。

 

花傘

花傘

アルバム1曲目の『花傘』。

美しい雨の日に聴きたいメロディー。

「恋しちゃったんだ」

1曲目の世界観にふさわしい恋のはじまりを予感させるのに、「さよならの雨がパラパラと降る予報です」と同時に歌われているのが 既に儚い。

でもまだ、どっちに転ぶか分からない恋愛を歌っているようにも思う。

恋をした自覚が芽生えたスタートライン。

まだどうとでもなるような、もう後戻りはできないような。

 

心の実

心の実

『心の実』

イントロから「あ、いい歌だ」と分かってしまうことに悔しささえ感じる。

80年代の音楽に影響を受けてきたらしい川谷絵音。特にこの曲にはどこか懐かしいポップスのにおいもする。

「もういっそ 恋しない」と歌いながら、「まあいっか」と思考を中断させたり、明るい迷いをさらけ出す。

だってまだ、2曲目だからね。

 

通り恋

通り恋

『通り恋』、これもアルバム序盤。

多くは語らない。サビのメロディーだけでも素晴らしい楽曲であることが伝わるはずだ。

 

 

ほころびごっこ

ほころびごっこ

『ほころびごっこ

これはぜひ歌詞を読んでほしい。

「慣れてない幸福の合図は似合わない」
「救われたことないから 救い方がわからない」

「まだ想像の範囲ですけど少しは望み持っていいの?どっち?」

「愛情ごっこで手を打とう」

よくこんな心情をきれいなスプーンですくってしまえるな、と 勝手に後ろめたささえ覚えてしまう。

 

 

砂に紛れて

砂に紛れて

『砂に紛れて』

サビのファルセットが心地良く、耳の中が甘くなる感覚に陥る。

「好きだよ 今日も独り言」の歌詞が胸に刺さる。

 

『秋雨の降り方がいじらしい』

こんな情緒的なタイトルを思いついた時点で、もうこの曲は「完成してしまっている」。

「この恋を流すのはもったいないよ」

「主賓はいつも雨 目立ちたがり屋」

indigoは青や雨が似合うバンドだと思っているが、特にこのアルバムの世界ではずっと淡い雨が降っているのだろう。

薄くぼやけた紫の景色を思い浮かべる。

 

 

 

YouTubeも紹介したいけれど、はてなの仕様が変わったのか埋め込みがうまくいかない。

 

YouTube

『小粋なバイバイ』は本人たちが一切出演しないMV。

歌詞がひたすらオシャレに生活の中に溶け込む姿が流れ続けていて、観ているだけで自分の感性レベルがとてもアップした気になってしまうし、

「恋心は小粋だから 簡単には終わりが来ない」

「泣き損がいつも嬉しいんだ」

自分では絶対に思いつかない言葉の組み合わせを見つけられるから、気持ちに名前をつけてもらえたみたいな喜びにも出会えてしまう。

 

 

 

YouTube

これは『通り恋』のMVなのだが、

「何故か他の人に教えたくないバンド」

「indigo聴きながら失恋できてる私は不幸せではなく幸せなのかもしれない」

というユーザーのコメントが秀逸だった。

 

indigoのYouTubeにはどうも文学的で短い中に本質が詰め込まれている「恋を知ってしまった」人のコメントが多く、開くたびに見入ってしまう。おそらく意識せず、狙わず、素直なままで文学的になってしまっている。それがとても切なく魅力的だ。

川谷絵音やindigoの音楽が好きな人は、どんな年代でも感性が豊かに「なってしまう」人が多いのかもしれない。

 

恐れずに想っていたいよね。

 

 

 

ほんとうは『結び様』の音源もオフィシャルで上がっているのだけど、ほんとうはその曲をいちばん聴いてほしいのだけれど、

これを先に聴いてしまうとアルバムを最後まで聴いたときの心地良さと切なさが半減してしまうので、載せません。

 

美しい映画のラストシーンをネタバレしてしまう気分になるから。

 

 

 

今日もまた、思いをすくって すくわれよう。

 

 

 

わからない感情を、自分の中だけでも覚えておきたいすべての人におすすめします。

 

12/14 スピッツがいる街はあったかいな。横浜アリーナライブ感想と一部レポ

なんと当日にチケットを譲っていただけるチャンスに恵まれ、睡眠不足など気にせず急遽横浜まで行ってまいりました。

 

 

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まさか武蔵野の森に続いて横アリまで行けるとは!!高まる。ありがとうございます!

(▼武蔵野の森のエモさに浸った感想はこちら。セトリのネタバレなし)

 

 

武蔵野の森で「あの」最高セットリスト(仮にAパターンとする)は体験済みだが、この日は少しだけ違うセットリストBが来るであろうと予測をつけていた。

結果、やはりBパターン!

ああ……あのアルバムのあの曲、2曲コンプできてしまった……

どちらも聴けてしまって贅沢すぎる。

 

ネタバレせずにこの感動を伝えるのは難しいが、ううん、かなり昔のアルバムの曲とだけ記しておこう。

そう、『見っけ』のツアーではあるものの、他のアルバムのあんな曲まで聴けてしまうからこのツアーはおそろしいのだよ。もちろんとても良い意味で。

 

 

 

今回譲っていただけた席はスタンド北側、ステージを真正面から見つめ、見渡せる場所。

距離はあるが演出もバッチリ見られる良い席でした。

 

 

前回の武蔵野の森で「光に包まれ、幸せになってしまったあの曲」は演奏しなかったものの、「あの演出」に近いものは別の曲で体験できた。

 

この日は黄色い街が見えた。賑やかであたたかな街に星が瞬いていた。

 

セットが既にそういうコンセプトなのであろうが、スピッツというひとつの街に灯りがともり、きらきらと輝くイメージ。

星降る夜、あるいは小劇場で見るようなほっとする明かり。

暗闇のなかで一筋の光とあったかいスープとパンを見つけた気持ち。

客席の私たちは街の住人か、星の一部。

 

 

 

なんてまたもやエモい思考にふけっていたら、テッちゃんがMCでふたご座流星群の話に触れて、「今夜は流れ星が見つかるかもね」なんて話すから

ひとりで勝手にリンク感を楽しんだ。

 

 

 

昨日のスピッツは少年のようだった。

なんだかほんとうに高揚して楽しかったのか、

マサムネさんがいつもよりカッコいい口調になっていたように思う。

 

「後ろのほう、元気?オーケイ?」

「当日になるまで席が分からないというシステムにね、戸惑った方もいらっしゃるかもしれませんが。後ろのほうの方々にも届くように歌います。後ろの人たちには、きっと来年いいことがあります……」

 

 

序盤の話し方からノリノリだなと思っていたが、

 

「空調が暑いのかと思っていたけど、皆さんの熱気かもしれません。モイスチャー効果!」

「なんかね、楽しいです」

 

序盤以降も「今日への手応え」を口にし、

 

「いやあ……今日、“いい”よ。」

「このあたり(自分の前方をまあるく指して)に何か、フワッとした幸せのかたまりが見えます」

 

静かに興奮しながら無邪気に語るマサムネさんはほんとうに音楽とファンに真摯だ。知ってるけど。

 

 

「きっと今日のお客さん、誰かひとりでも欠けたらこの空気は出来なかったと思うので。本当に皆さんひとりひとりにお礼を言いたいです。ありがとうございます」

 

 

草野マサムネを嫌う人ってこの世にいないのではと思うしかない善意。

こんな言葉を聞いたら、「ほんとうにスピッツがずっと純真のまま音楽を続けていられてよかったなあ………」

とまた感慨に浸り、現実に感謝してしまいますよね。

 

そして、その景色の一部になれている私たちも、妙に誇らしくなっちゃいますよね。

 

 

テッちゃんが終盤「横浜ーっ!!」と叫んでいたのも驚いたなあ。ライブに何回か行けたことのある方ならその意味がわかると思うが、テッちゃんってほんとうに落ち着いた繊細な演奏と静かにバンドを支える姿がデフォルトというか

少なくとも、毎回恒例のように叫んだりはしないんですよね。

感情があふれだす衝動、嬉しいじゃあないですか。

 

 

 

 

たしかに昨日は体感で、いつも以上に客席の「治安が良く」、「この夜を純粋に楽しみ、感謝していた」人が多かったように思う。

(きっと今日の横アリもそんな空気に満ちていただろう)

 

 

私がいた席前方では、ロキノン系の大学生ふう男子3人組が、MC中含めて一度も座らず

ステージにいる遠くのスピッツを、夏休みの始まりのようなワクワク感を隠さず眺めていた。

(背中の雰囲気だけでも分かるものです)

 

 

隣の席にいたお母さまと娘さんらしき二人組は、中盤までは着席し落ち着いてライブを観ていたものの

途中で高揚を抑えきれなくなったのか「母のほうが」立ち上がり、きらきらとした笑顔で彼らに向かって拳を突き上げる。

 

『8823(これぐらいはネタバレして大丈夫ですよね、テッパンということで)』では娘の手を取り、「一緒に盛り上がろう!」なまなざしを向け、娘も最終的には盛り上がりを隠さずに彼らに向かって手を振った。

お母さまはとても嬉しそうに笑った。

 

あれ?なんだか泣けてくる。

 

 

チケットを譲ってくださった女性もとてもいい方で、ライブ前にも話が弾み、ライブ後は一緒に食事をしながら好きな音楽やオタク気質の楽しさについて語り合った。

スピッツが実在するかこの目で確かめます、泣いちゃいそうです」

「推しのライブ前には緊張してお腹が痛くなります」

最近は耐性がついてきたとはいえ全体的に分かりみがすごく、楽しい巡り合わせに感謝した。

(ほんとうに譲っていただいてありがとうございました…!)

 

 

 

客席でこんなふうに「その日だけのドラマ」がたくさん生まれていることをスピッツは知らないはずだけれど、もしかしたら届いているのかもしれない。

 

 

 

 

スピッツ、なんと32年やってます!」

 

 

それなのに、あんなに素晴らしい伝説のような歌唱と演奏を更新しているのに、

MCやテレビ出演時はいつもどこか不安げでぎこちなく、

 

「32年やっていてもこんなんですから、皆さん、大丈夫ですよ。」

 

成功も失敗も、みんなの人生をまるごと肯定するように笑う草野マサムネは、そろそろ「一生初々しく奥ゆかしいのにたしかな技術を持つプロフェッショナル」の代表として表彰されたほうがいいのかもしれない。

 

それにしてもライブ中毎回思うことだが、彼の歌声と喉の仕組みはいったいどうなっているのだろう。甘くて少しハスキーでツヤのある高音と完ぺきな音程。

昨日は珍しく個人の感想として一箇所ほどヒヤッとする歌唱があったが、むしろ人間味があって感動すら覚えた。だっていつ見ても危なっかしいシーンがほとんどないのだもの。

(テレビでの目に見える緊張は別として)

 

 

 

 

「みんながアンコール呼んでくれていたのに、手違いでお客さんがほとんど帰っちゃって……2、30人になってしまった夢を、今でもたまに見るんですよ。」

 

 

この日のやり取りで特に心をつかまれたアンコールでの一コマ。

鳴り止まない拍手に応え、ツアーTシャツ姿ではにかみながら再登場したと思ったら、いきなりこんなことを話し出す32年目のベテランバンドがここにいるんですよ。

ああもうスピッツというバンドのまじめさを象徴するようなエピソードだと思います、これは。

 

そりゃあ「こうはく」などに出たら心臓がどうにかなってしまうだろうし夢でリハーサルから年越しまでを毎晩行って青白い顔をしてしまうだろうし無理しなくていいからね、と言いたくもなるし、Yahoo! のコメントでも似たような書き込みをいくつも見たのだから。なんでもないです。

 

 

 

 

「いちばん最初に喋る特権を生かして、今日は『付き合ってはいけない男の3B』って、いつも崎ちゃんが話してることをね─」

 

「あと似顔絵ね。これもいつもテツヤが話しているけど、先にね。皆さん、今日はテツヤのまっさらな言葉が聞けると思いますよ

 

 

グループいちばんの自由体質疑惑・田村さんがまさかの「他のメンバーのMCつぶし」で遊んだため、この日のメンバー紹介タイムは爽やかな動揺に満ちていた。

 

 

崎「えーっと……話そうと思ってたことが……(笑)あ、僕もそういう夢を、見るんですよ。もうステージに上がってるのに、ドラムのセッティングがまだ終わってないとか。あと衣装がひとりだけ用意されていなくて焦るとか(笑)。」

 

テツヤ「俺もなあ、先に言われちゃったからなあ……夢ね!俺も見るよ!なぜか、エアロスミスのステージに立ってんの(笑)。なのに何にも弾けないって夢。エアロスミスのメンバーが俺のことすっごい見てくるんだけど─」

 

田村氏の愛ある(たぶん)MCつぶしの術により、みんなが夢について話し出したのが可笑しかった。

田村さんってずっとファン目線を忘れない人なのだろうなと思う。もちろん自由に見えてさまざまなことを考えているリーダーで、でもやっぱりほんとうに自由だからバンドの楽しい空気感が持続するのだろう。そこがいいんだよ。

 

 

マサムネ「でもエアロスミスのメンバーになるってことは、いい夢なんじゃないの?」

 

テツヤ「いや、弾けないんだもん。キツいもんよ?」

 

マサムネ「ライブの夢はみんな結構観るんだけど、あんまりいい夢じゃないんだよね。うなされるみたいな(笑)。現実では楽しんでるんですけど。」

 

 

みんな笑いながら話していたけれど、ほんとうに日々計り知れない「今日だけのプレッシャー」と戦いながら彼らはここにいることを選択しているのだ。それを今さらながら思い知る。

 

だって不安な夢って、やっぱり現実にどこか不安があるときに見てしまうことが多いと思うから。

(私も仕事に追われているときは夢のなかでも仕事をしている。そしてあまりいい内容ではない)

 

 

そういえば先日aikoが「デビューして21年経つけど、何回も落ち込むし何回も興奮します」とツイッターで話していた。

ずっと活躍し続けている謙虚なミュージシャンたちの共通点を見っけてしまった気がする。

 

ただただ、いつでもその日限りの最高を届けるために、

プレッシャーに弱いからこそ努力を怠らず、真剣に音楽に向き合い続けること。

 

「好き」から逃げないこと。

 

それを当たり前のように続けること。

 

 

どうしたって好きだよなあ、そんな人たち。

 

 

そして、それは音楽だけではなくすべての仕事に言えることだから

また明日からがんばらないと。

 

 

自分の価値と実力に絶対的な自信を持っている人もとても頼もしいけれど、

自信がないからこそ準備と練習は人一倍で努力をし続ける人たちって

どんな職種を選んでも「光る」んだよね。絶対にさ。

 

やっぱりスピッツのライブは生活がシャンとするきっかけになるように思う。

 

 

 

 

そう、夢の話の流れでテッちゃんが放った言葉が大好きだったので最後はそのくだりを紹介したい。

 

 

 

「2、30人しかいなくても、やりますよ」

 

「何人でも。たとえステージにいる人数より客席の人数が少なくてもね。」

 

 

この瞬間、ああ、なんてイメージ通りなんだろう!と笑ってしまった。

そして客席の半分以上がきっと同じことを感じていたのだろう、すぐに拍手が起こっていたのも嬉しかった。

 

 

彼らはきっとそう思っているだろうな、こんな台詞が聞ければいいなあ。

そう思っていた矢先だったので

答え合わせする暇もなく感動してしまった。

しかもそれを、普段は飄々としている素振りのテッちゃんが熱くきっぱりと口にするのが、なんていうのか、正解過ぎてありがとう。

 

 

スピッツ草野マサムネひとりの世界観で成り立っているわけではない。むしろおそらく精神的支柱でバンドの核であるのは、草野マサムネを囲む3人のメンバーの「揺るぎなさ」だ。

 

やっぱりスピッツは「この4人だから」ここまで来られたんだよな。

なんてバランス良く、なんて共通認識にブレのない、以心伝心テレパシー、

とにかくなんて誠実で愉快なバンドなのだろうと この一件でより強く思えた。

 

 

好きにならなかったら、きっとマサムネさん以外のメンバーのことは誤解したまま、よく知らないまま、いろいろな印象を決めつけてしまっていたかもしれない。

バンドはメンバー全員を「知ってから」が、より面白いんだよね。

そう、たとえ付き合ってはいけない男の3Bのなかに「バンドマン」が入っていても、バンドマンなくしてこの幸せな街の空気は作り上げられないのだから

バンドマンは、誇っていいと思うぜ。もちろん美容師さんも、バーテンダーさんも!

(客席にもいるであろうバンドマンたちに配慮して、「お互いがんばりましょう」なんてマサムネさんが話す一幕もありましたね。お互い、って軽く話しているけど咄嗟に出る言葉としてパーフェクトだし、ほんっとどこまで人を傷つけないんだか!表彰!)

 

 

 

 

あったかい余韻はまだまだ続く。

スピッツという街はこれからもきっと繁栄し続け、人口も増え続けるだろうが、

どんなに大きくなっても、街の灯りのやさしさは変わらない。心からそう思えたライブだった。

 

 

またすぐに観たくなっちゃうよ、まったくもう。

 

 

 

 

 

ちなみにマサムネさんの服装は黒ハットに白黒のバイカラーシャツだったのだが、

 

 

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シャツの右半分は黒く、左半分は白。

心臓に近い場所に位置するポケットは黒。

そう、わかる人にはわかると思うが、配色が完全にSMAPの「モダスマ」ジャケットのそれだったので

SMAP好きな私は勝手に嬉しかったです。

(さらに言うと崎ちゃんも黒シャツに白ベストと、リンクコーデ状態だった)

 

 

 

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かわいいグッズも見っけ。

ぬくぬくブランケット。手触りがすべすべした毛布みたいで、おすすめです。

 

 

スピッツもお客さんもみんな、あったかい気持ちのまま今年一年を終えられることを願いつつ

また明日から、がんばりますかね。

 

12/5 色んなスピッツと、あなたや私を「見っけ」るツアー。武蔵野の森総合スポーツプラザ公演感想と一部レポ

スピッツ「見っけ(MIKKE)」ツアー、武蔵野森の総合スポーツプラザ、略してムサプラ(とマサムネさんが言っていた)初日。

12月のド平日ですが、行ってきましたよ。

…楽しかった………

 

 

ここ数日はライブで聴けた「あの曲」たちを繰り返し聴いたり思わず口ずさんだりしている。

今も、Siriに「スピッツの◯◯かけて」なんて声かけてこれを書いたりして かぶれています。

 

 

電気を暗くするだけであの照明のゆらめきが再生されたらいいのにな。 

 

 

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急いで撮った。

 



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新しい地図のファンミ以来、2度目まして。

 

 

 

事前情報はほとんど耳に入れず、しかしセトリが「やばい」噂は知っていた。

いったいどんなセットリストなのか、と思っていたのだが、確かにこれは……

やばい!

 

 

どなたかのツイートで「これは単なるアルバムツアーじゃない」的な話を見たけれど、その意味が割とすぐに分かるし、「分かる」のレベルがどんどん本編で更新される。

確かにアルバムツアーだけど、2019年に発売された素晴らしいアルバムのツアーだけど、

それだけじゃない。

 

 

15年近くファンをやってて良かったなあと思える、じんわり来るセットリストだった。

はっきり言って、誰もが来たほうがいい。

 

とてもネタバレしたいがそれはいけない。

あの衝撃を味わってほしい。

(いやセトリ変えてくるかもしれないですけど)

少なくとも、新しいファン、昔からのファン、いろんな人が満足するのではないかな。

 

 

ひとつのアルバムを起点に、豪華なこんにちは、ありがとう、久しぶり、が顔を見せてくれるというのか。

とにかくいろんなスピッツを「見っけ」られるし、何なら私は途中でびっくりしすぎて倒れそうになってしまった(リアクションが大きい)。

そう、「ある曲」のイントロが流れた瞬間に時が止まり、力が抜け、なにもかも投げ出してその世界に漬かりたくなり(嬉しいとリアクションが大きい)、リアルに一緒にいた人に体重を預けかける事案が発生した。ごめん。

 

 

だってまさかあの曲、ここでやります?

 

 

照明もほんとうに美しくて。あの曲の世界観を体現した、幻想的な。

「光に包まれる」とはああいう状態を指すのだと思う。

 

 

今回まさかの4階席で発券時にも別の種類の驚きがあったが、あの世界は、私の中では遠くからがちょうどよかった。

 

上から見下ろしたキラキラに包まれ、全身で光を浴びて、幸せになってしまった。

というか涙を流し、よろよろした。

不審者。不審者を生み出すスピッツの楽曲。

 

 

いやあ、もう一回行きたいなあ……………。 

 

 

 

 

純粋なアルバムツアーに行けたの、実は相当久しぶりなのだ。

30周年ツアーやゴースカやフェスでは観ているのだが、なぜだか分からないが、私、「醒めない」ツアーに参加していない。

 

 

単にチケットが取れなかったのもあるが、それはファンクラブでの申し込みを忘れたのがいちばんの要因と言えた。

 

ファンクラブに入るほど好きなのに、申し込みを忘れるなんてあるのだろうか?

それが実際は あるのだった。

 

 

 

長く好きでいると、好きなものが増えすぎると、プライベートでいろいろなことがありすぎると、

「当たり前に甘えてしまう時期」や、「エンタメを楽しめない後ろめたさ」みたいなものにとらわれる時期がある。

それはまた機会があれば詳しく話すけれど。

 

 

 

 

アルバムの1曲目『見っけ』の印象的な歌詞を思い浮かべる。

 

 

「再会へ!」

 

 

うん。確かにたくさんの「再会」ができた気がしている。

 

それは曲だけではなくて、自分の歴史とも。

 

スピッツを通しての、過去や生活の確認作業。

 

 

 

 

年末っていろんな人に会いたくなるけど、このライブも「そう」だったのだろうか?と錯覚するぐらい

なんだか泣けてしまった。

 

 

ずっと節目節目で会えているけどさ─

 

世の中が慌しくなる12月の平日、

あんなに大勢の人が予定や仕事を切り上げ、同じ場所に集まり、

ステージには変わらないスピッツのメンバーがいて、「皆さん、平日のお忙しい中、スピッツのために時間を割いてくださりありがとうございます」なんていくつになっても腰が低い挨拶をする。そうかと思えば突然「楽しい時間にします」とカッコいい誓いを立てたりする。

 

いろいろなことが確かに、奇跡みたいだなと。

 

 

 

メンバーのコンディションも素晴らしく(ツアー始まりたては本人たちも話すようにある種の「カタさ」はあるけれども、その空気感がライブの中で「整っていく」瞬間がある。それが楽しい)、

草野マサムネのボーカルは精巧だが時に感情的で、喉からCD音源という表現だけでは済ませられない凄みを感じさせる。やっぱりこれは、「生」なのだ、と。

 

奇跡とか幸せとか、こちらこそだよ。

そんなクサい台詞を難なく口にしたくなる魔法の夜。

 

 

あ、奇跡とか幸せとかはライブでスピッツのメンバーが発した言葉でして、

それがほんとうに本心にしか聞こえなかったから「こちらこそです」となっている。

 

 

リーダー田村氏は「誰も欠けずにこうしてバンドを続けられている」ことを奇跡みたいなものと語り、

ボーカル草野マサムネは「中学生の時に、バンドいいなあ、いつか俺もやりたいなあ、と思っていた自分からすると、今のこの状況ってほんとに幸せなこと」とかみしめるように感謝する。

 

 

奇跡はあなたたちが私たちに見せてくれているわけだし、

その幸せな空間はあなたたちが作り上げたものなので「こちらこそだよ」なのだが、

彼らは「それは聴いてくれる人観てくれる人がいるからこそ」と言うのだろうし、たぶん、永遠に決着がつかない感謝の連鎖だ。

 

 

まあ、きっとファンはバンドの性質に似る部分もあるから(?)、

お互いに謙虚なんですよ。

 

 

毎回謙虚同士の対面みたいな気持ちになるスピッツのライブ。

この謙虚な対面を、まだまだ、できるだけ長く、続けていたい。

 

 

 

 

 

モニターに映るメンバーの横顔を見ながら、

18歳で繰り返し繰り返し、スピッツのPV(当時はMVなんて言葉はなかった、たぶん)とライブ映像を食い入るように見続けていた自分の姿を思った。

 

 

当時のスピッツは、今の私とたぶん同世代。

「こんな素敵な35歳、36歳いる?」

なんて日記にも書いていたっけ。

 

 

 

真夜中の四角い画面越しの世界。

ハヤブサに収録されている某曲のPVを観ながら、いつかこの曲がライブで聴けるだろうか?と夢を見ていた。

 

 

 

「そうか。スピッツが続いていく限り、私の未来にはずっと『未来のスピッツ』がいてくれるのか」

 

10年ほど前にそう気づき、本気で「スピッツと歳を重ねていけることに感謝」した瞬間があったのだが、今回も同じような気持ちを抱いた。

 

 

ステージに立っている人たちとファンの関係性を恋のように語るつもりはないが、

秀でた才能ある方たちが「好きなことをやり続けてくれる」「居続けてくれる」おかげで自分の感情や人生が豊かになるって

夢じゃなくて絶対にあってしまうし、

それって、とてもラッキーだなと思うのだ。

 

 

 

「おじさんになると話が長いんですよね」

 

「こんなおじさんバンドだけど」

 

「テレビでジャニーズの子と並ぶと、俺ら厳しくない(笑)?」

 

「画素数も上がっているわけだしね」

 

「みんな膝は大事にしましょうね」

 

 

随所に清々しいアラフィフトークを挟む彼らだが、

モニターに映る横顔や笑顔を見ると、とてもその年齢には思えないよ……と突っ込みを入れたくなるし、でもたしかに、

 

彼らはもう、私が最も狂ったように映像を見続けていた頃の、30代のスピッツではない。

 

私もあの頃と、まったく同じ自分ではない。

 

それでも「そのまま」な部分はある。

それがなんだか 嬉しいのだ。

 

そのまま歳を重ねてくれたのだね、と

壮大な物語に参加させてもらっている気分にもなる。

 

 

 

大げさかもしれないし勘違いかもしれないけれど、

スピッツのメンバーは年齢の変化を楽しんでいるようにすら思えるのはなぜなのだろうなあ。

抗うことなく変化というイベントを受け入れることで、知らない自分を見っけていく。

おじさんトークで客席と距離を縮める彼らを見ながら、変化は悲観しすぎるものではないのだな、と妙な確信を得た。

変化はその年代にならないと分からない。

私にはまだ分からない。

でも生きている限り必ず分かち合えるものでもあるわけだから、

また少し、強くなれる。

 

 

 

 

 

歳を重ねてきて思うことは、

いろんな年代や環境の違いをいつでも「理解していたい」し「想像していたい」ということ。

 

共存したいんだ。

 

 

スピッツのメンバーが大御所ぶらず、というかただの純粋さで、さまざまな若手バンドの音楽を公平に聴き、惚れ込んだり刺激を受けていることは知っている。

 

それをずっと見てきたからなのかは分からないが、私も年代や環境や背景の違いに限らず、まずは「聴いて(聞いて)みたり」「話してみたり」することを日常の中で大事にしている。

 

そして、そういうことを忘れないこの生活が

そんな自分の気質が、結構好きだ。

 

 

 

私にとってライブに行くことは、

きっと、生きていく上で拾いたい感情を「見っけ」ることと同じなのかもしれない。

音源を聴いているだけでは生まれない、その場で生まれる気づきや答えがたくさんあるのだ。

 

 

遠くから眺めた彼らの姿とギリギリでたゆたう世界に、懐かしくも新しい発見をもらった─今っぽく言わせてもらえば、「エモい」「激エモ」な夜であった。

 

 

「エモさ」ってさ、いくつになっても感じられるんだよ。

 

むしろ、過去や思い出が増える「これから」のほうが。

 

 

 

 

 

今回、同行者の仕事がありえないほどに多忙すぎたようで、開演数時間前まで来るか来られないかのギリギリの攻防戦が繰り広げられていた。

来られればいいなあ、とずっと願っていたが、どうしても都合がつかないことはある。

念のため「譲ります」の文章をスマートフォンの下書きに保存しいつでもSNSに流せるようにはしていたが、それはただの保険で、どこか「大丈夫」だとも感じていた。

だから無責任に「がんばれ」と言い続けた。きっと相当な圧だったと思う。

そうして数時間後の私たちは、同じ場所で美しく揺れる照明の光を浴びることに成功していた。

その人のスピッツ好きを知っているがゆえに本当に良かったなと素直に思うし、調整してくれたこと、感謝している。

何よりあのセットリストは逃してはいけないのだから、ね。

 

 

 

生きてきた環境が違っても、それぞれの場所で「おんなじ音楽」を聴いてきた人たちが無数に存在しているのは、

知っている名前の星を探すことに少し似ている。

共有できるプラネタリウムのスイッチを、知らない間に押していく。

音楽の素晴らしい一面をまた一つ見っけられた、そんな気がした。

 

奇跡は日常の中で生まれていくのだ。

 

 

 

【おまけ】

曲のネタバレはしないけど、衣装と覚えていたいMCの話を少し。

 

 

・マサムネさんは最近定番化しつつあるハット

・会場が調布の近くということで、上京仕立てでお世話になった調布での思い出を語るマサムネさん。東京に来たばかりで知り合いもいない、でもひとりで部屋にいるのは寂しい、と、調布駅近くのマクドナルドでコーヒーを買って文庫本を読んでいたと言う。想像したら絵になるわあ。

・「その頃を思うと、今、こんなにたくさんの人に見てもらえて……夢みたいです。笑」

・その少し後に田村さんと出会う。

・田村さん、いつも以上に跳んでいる。めっちゃ元気で安心する。

 

 

エゴサの話。

田「この前スピッツの歌詞についてのハッシュタグ※ができてて…」※ #衝撃を受けたスピッツの歌詞 

草「え……こわ」

私(え、そうなのか)

一緒にいた人(そうそう、数日前に突然トレンド入りしてた)

私(まじか)

 

田「歌詞が一行書いてあるだけなんだけど。あ、別に草野の性癖とかは明かされてないよ?ww」 

草(笑いながら訝しげ)

会場(とりあえず笑うしかない)

田「例えば『本当は犬なのにサムライのつもり』とか。」

草「そうなの?で、こういうところが変態、とか続けて書いてたり……(拗ねるように)?」

田「違う違うw」

私(変態と思われる認識はしているのか…褒め言葉なんだけどねえ)

 

田「スピッツがインディーズのときにさ、『マムシの歌』ってのがあったじゃない。ロックバンドでマムシか、すごいなあ、と。」

草「あれは…学校の近くでマムシが出るから気をつけてくださいねって校長先生が言ってたのを歌にしただけですよ…?」

田「だからもうね、『僕のペニスケース』とかじゃあ驚かないわけですよ……(会場若干ザワる)どんな歌詞でももう…」

草「…田植えの季節、とかね…?笑」

私(巧妙にケースから話題を逸らした─?)

 

・田村さんスピッツの歌詞大好き問題

田「(タグを見て)改めてスピッツの歌詞ってやっぱすごいなあって思ったね」

草「…そう?他にも色んなすごい歌詞書くバンド、ありますけどね?」

田「いや!やっぱりスピッツはすごいって!」

草「…!ありがとうございます笑 バンド内で褒めあってますね…」

私(純粋すぎもほどほどにしてくれ…ほんわかしちゃうだろ…)

 

 

・テッちゃん、U2のライブに行くの巻

「昨日U2のライブに行ってきたんですよ。若いつもりで、スタンディングの席を買ってね。そしたらヤバかったね……めっちゃくちゃ疲れるの!笑」

「俺ら今こうして立ってるじゃん、あ、田村は座ってるけど(MC時に捌ける)。ギター持って立ってるときは平気なんだけどね。何もしてないで立ってるのはダメだった……」

「みんなも無理しないで座ったりしてね」

 

メンバー共通で「おじさんになると話が長いから」「座って休んで大丈夫ですよ」「今この時間、トイレとか行っても平気だよ」と休息を促す体に優しいロックバンド、それがスピッツです。

 

・ちなみに過去、MC時に捌けた田村さんがあるメニューを爆速で食べているのが見えました。今も食べているのだろうか…

 

 

・流れは曖昧だけど奇跡のワードちりばめ

田「50代になってもバンドやってるって思ってなかったです笑」

草「もっとこうね、弾き語り的なのは想像ついたかもしれないですけど、ロックバンド─」

田「なんかね、奇跡みたいなものだなって思ってます」

会場(心を掴まれる)

 

田「ひとりの逮捕者もなく続けてこられて─」

会場(笑うしかない)

テ「うん……でも、それが普通なんじゃ─?

会場(ご も っ と も )

 

テッちゃんって「人は結局見た目による?そんなわけない。それこそ人によるんだよ」を体現してくれている日本代表だと思っている。

こんなに繊細でまっとうで物静かな奇抜な人もいるのです。派手な人みんなが怪しげなクラブで闇ウェイしているとは思わないでほしいのだぜ。

(ちなみに私の母親はピアスや髭を生やす男性に割と厳しいが、テツヤ氏に関しては「テッちゃんはOK。テッちゃんはあのままがいい」と特例を設けているほどの信頼を置いている)

 

 

 

・みんなの癒し、崎ちゃんはバーテン

「(ニコニコしながら)最近知ったんですけど、付き合ってはいけない男の3Bってのがあるらしくて─」

私(あ、そ、それは…!)

一緒にいた人(笑ってる)

崎「美容師。バーテンダー。…バンドマン……」

(メンバー笑う)

崎「しかも僕の今日の服装、若干バーテンダーみたいだし。笑」

たぶんマサムネ「ほんとだ。笑 3つのBのうちの2つを持つ……」

この日の崎ちゃんは白シャツの上に黒いベストを合わせていた。

似合うけど確かにバーテンっぽさがあり、こんなマスターがいたら通うだろうなという邪念が頭をかすめていた。

 

・オシャレな崎ちゃん

「そういえばベストよく着るよね」のメンバーの問いに

「好きなんですよ。ドラマーって下がほとんど映らないんで、上半身で勝負っていうか。笑」

このくだり一番癒された。崎ちゃんはバンドの平和の象徴だな。これからは崎ちゃんの上半身ファッションに注目しよう。

マサムネさんも「そんな理由が」的に納得していた。

 

 

以上、総じて優しく平和でカッコよく、芯の通ったバンド活動と音楽とメンバー愛が垣間見えるMC一部(ニュアンス含む)を現場からお届けしました。 

 

 

 

 

 

さて今頃は武蔵野森、2日目かあ。いいなあ。

行かれた方々の感想と高揚感のダダ漏れを楽しみに、今宵もスマートフォンでセットリストを追う長い余韻に浸ります。

 

 

【8/12ロッキンレポ前編】私得すぎな最終日。風を呼ぶGRAPEVINE、スカパラ沼、エレカシの進化

最終日があまりにも好きな人たちの集結で、久々ロッキン参戦してまいりました!

いやー楽しかった。

何年ぶりだろう?もしかしたら5年ぶりぐらいかもしれない。

ほかのSNSでたくさん感想を呟いたが、ここにも当日振り返りを残しておこう。

 

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くもり予報はどこへという青空でした。

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いつからか勝田駅の社員の方々によるエモい手作りポスターが楽しみの一つになった。しっかり激写。

今年はこういう感じだったぞ(誰に伝えているのか)!

 

【マイタイムテーブル】

GRAPEVINE 12:20〜

スカパラ 13:00〜 ※途中から

エレカシ 14:15〜

ポルノグラフィティ 15:30〜

スピッツ 16:45〜

フジファブリック 17:30〜 ※途中から

ほらね、推し多すぎィ!

こんなに観たい人詰め込まれフェスは初めてかも。どういうことだ。

本当はindigo、くるりチェコも観たかったけど物理的に無理だったよねえ。

 

一部ステージ移動に間に合わないほどのかぶり具合、

でも充足感はんぱない。素晴らしかった!

びっくりするぐらいに暑くて汗まみれだったけどね!

 

たぶん観たい人たちが多すぎてあまり休めなかったのもあったけど、

個人的には大雨の2017年フジロックと肩を並べる過酷さだった。笑

でも次から次へと良い音楽の渦でとても心地良かった。

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いえーい記念写真。

(この時点で既に「ヤバい」暑さを実感しているが隠している)

掲げているタオルはスピッツの名前猫タオル※。

※『名前をつけてやる』というアルバムのジャケットにいる猫が描かれたタオルを勝手にこう呼んでいる

洋服は高円寺で数年前に購入した古着のワンピース。こういうイベント時に活躍。

 

当日ライブ直後に書き留めていたメモを交え、時系列でレポするよ!

まずは前編3バンド。

 

GRAPEVINE 12:20〜

・田中くんいつもの白シャツ

・うお、陽が照っているな…と弱気

・いつも通り色気全開

・10年ぶりのロッキンらしい

・「次いつ来るかわからんぞう!」

・風待ちのラスト、「風のせいかなあ?」の歌詞で本当にそよそよと自然の風が吹いて、田中氏は魔法使い

・フォレスト日陰多くて心地良くて好き

 

久々のバイン、相変わらずカッコよかったな。

それこそ2017年のフジロックぶり?

田中氏気だるい色気全開、喋る声はハスキー、気のいいあんちゃん。

歌うとちゃんと「バイン」になるのがすごい。キャリア感じさせる。

ラストにCOREをやるかな?COREのトリップ感好きすぎる!

あの日のフジロックの再来を(2017フジロックでラストにこの曲をやった。ちなみに第1回目のJAPAN JAMで初めて聴いて好きになった)!と期待していたが、

ラストに彼らが選んだのは『Everyman,everywhere』というまあまあレアな曲だった。

そっちのコアか!でもこの曲も好きなので満足感がすごい。

 

『風待ち』も嬉しかったなあ。

しかも本当に最後にサーッと風が吹いてねえ。心地良い風が。

歌詞の通りかよ……ってひそかに感動していたよ。

いえーい夏だぜ!ハジけるぜ!なイメージは失礼ながら(失礼ではないか)無いけれど、

緑ある爽やかな木の下で読書したり、ハンモックで幸せなうたた寝をしてしまうような

そんな心地の良い夏の1ページがとても似合う人たちなのかもしれない。

 

Sound Of Forestのステージは、客席後方が木陰多めでかなり快適に観られるので好きです。

バインにとても似合う。

 

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こういう感じ。この男性、弟ね。

 

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バイン前は森のキッチンというフードスペースでビールとごはん。

ここにいるときも音ががっつり聴こえるから、ごはん食べながら音漏れ聴くのが楽しみな人もかなりいるのではないかな。

会場に着いた時点で既に汗だくだったけど、このステージ中はむしろ涼しく

体を休めながらバインの音を楽しむことができました。

 

さて、余韻に浸りつつ次のステージへ移動せねば!

 

 

スカパラ 13:00〜 ※途中から

今年のJAPAN JAMで初めてライブを観て以来、

スカパラが気になって気になって。

だってめちゃくちゃカッコ良くて、何より音楽愛が伝わってきたんです。

この日もマストで観る予定に入れていました。

 

バインが思いのほか早く終わった(12時50分ぐらい)が、さすがに最初からは間に合わず。

 

スカパラはロッキン最大規模のGrass Stage出演。噂によると6万人は入るとか……

そして私のお目当てバンドはここからほぼ全て、この最大ステージでのパフォーマンスなのだが

Grassエリアに到着して軽く不安を覚えた。

 

暑い!!!し、日陰ほぼなし!!!!??

大丈夫なのかこの仕様……!?!?

前もこんな感じだったっけ、いやきっとそうだよな…今年が暑すぎるのか???

到着しただけで汗まみれ、水分補給が早急に必要な状況だぞ。

でもみんなそんななか拳振り上げて盛り上がっている!!!!!すごい!!し、

スカパラ、スーツで超カッコいいパフォーマンスしてる!!!!!すごすぎる!!

早くしっかり観たい!!

 

心は前方で盛り上がりたい気持ちでいっぱいだが、夕方まで体力を温存せねばならないため

まずはとにかく「日陰」を探して歩く。

運良く後方で日陰っぽい場所を確保したあとはライブを楽しむ余裕ができた。良かった……

体力的にヤバいと思ったら良い位置をあきらめる勇気も必要。それが真夏の野外フェス……

ガチ太陽の下で盛り上がる猛者たちに尊敬と健康への憧れを抱きながら、しかし終わったらくれぐれも水分補給をしてねと念を送りながら

自分のペースで楽しみました。

 

終演直後のメモ抜粋


・みんな相変わらず超超ちょーカッコいい

・みんな、この暑い中、スーツ……すごい

・特にギターの方と谷中さんのカッコよさしびれる

・谷中さんだんだん阿部寛に見えてくる

・民生さんがスペシャルゲストでやってくる

・大歓声

・私、何度も民生を観られているので「あ、民生だ。」親戚のひとの反応か!

・最後、谷中さんの掛け声でJAPAN JAMでもやったセルフィータイム

・谷中さんのインスタ、人脈と音楽への純粋さやつながりの嬉しさが滲み出ていて大好きだ〜〜

 

 

実際にはこの10倍ぐらいテンション高く感動していたが、体力がね。

とにかく2回目の生スカパラもめっっちゃくちゃカッコ良くてやはり音楽愛に溢れていて、大好きだなと思いました。

音楽の楽しさを思い出させてくれるステージというかね、

自然に体が動くってこういうことだなと。

メンバー全員本当に楽しそうだし、スーツをビシッと着こなしている姿も本当に素敵。

民生参加の大名曲、美しく燃える森も生で聴けて贅沢すぎました。

あと『遊戯みたいにGO』って曲が大好き!めちゃ良い!踊れる!

最近この曲ばかり聴いています。

 

最初、遊戯でGOってタイトルだと誤解してた。電車でGO世代なのがバレる。

 

音楽以外の話にはなるが、人数が多いにも関わらず体型が崩れているメンバーが全く見受けられないことからも

彼らは相当ストイックな努力の集合体なのだと思わされるし

付随して音楽に対しての努力も相当なものであるのは明らかだよね。

いつまでもスーツを着こなしカッコいい音を奏でられる大人。

カッコ良くて楽しそうで憧れてしまう大人たちが、音楽の楽しさを次世代へつなげる……

 

音楽への入り口ってのはさあ、

カッコいい、ただそれだけでいいんだよ。

 

いやメンバーがそう思っているかは分かりませんが

そんな声が聞こえてくるようなステージでした。

メンバー全員が共通認識を持って、グループでいる自覚を持って行動しているような雰囲気を感じた。

ああさすが歴史があるグループ、

磨かれて磨かれて、ここにいるのだな。

次は絶対にワンマンへ行こう!と誓いました。

 

 

さらにスカパラにはまだまだ語りたいエピソードがありまして…

特に当日のレポにも書いたメンバー谷中敦さん。

まだ知識が浅いので、確かに阿部寛に見えるときもたまにあるのですが

彼のInstagramが!Twitterもだけど、インスタが!本当に人柄が現れていて素敵なのですよ。

 

インスタ、JAPAN JAM後に初めて拝見したのですが

それ以来ほんと好きで。

なんていうか、若手の方や自分がまだ知り得ていない世界に対してとてもリスペクトがあるように感じるのだ。

最近で言えばサブスク(SpotifyAWA)の会社訪問で刺激をもらったような話や、

たくさんのミュージシャンとのセルフィー。

添えてある文章も本当に謙虚さや喜び、リスペクト、知らない世界を知ろうとする気持ちで溢れていて奥深い。

こういう柔軟で謙虚な大人に私は弱いんだよな(きっぱり)!!

 

写真と文章で素敵な瞬間を残し、それを伝えることが純粋に好きなのだろうと感じるし

ていうか絶対「書くこと」好きだよね!と調べたら、グループでも結構作詞を担当されているとか………合点がいったァァァ

そういうひと、長文書きがち、文章大好きな私が

嫌いなわけないじゃないかよ〜〜!

これからもついていきます!!!

 

 

ちなみに特にヤバいのはこの投稿へのリプ事件。

 

(見てよこの景色!!!最高だろう…)

 

ロッキンに関する素敵な投稿なのですが

その投稿に集まる感想コメントに、なぜだか分かりませんがずっと返信をし続けている(いた)のですよ。信じられます??

 

しかも、とってもオリジナリティのある言葉を一つ一つに添えて………

例えば…

 

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ほら…3日前、もうロッキン終わって数日経っているのに、まだ何人ものユーザーにリプ返してくださっているし

こんな文字数多くて丁寧な著名人のリプってある!?!?

しかも察するに、ファンから「人生のまなび」を得ているよ???

善人通り越して神か何かでしょうか。

きっとあまりにロッキンの景色にグッと来ていつもはしないコメ返しをしてしまったということなのだろうけれど

今回限りかもしれないし、それは当たり前だろうし

それでも、それでもだよ。

 

そんなやり取りがコメント数から察するに、推定500件以上なんだよね!!!!!!!!

谷中さん何人いるの!

休んで!!

谷中さん休んで大丈夫だから!!

でも、めちゃくちゃ嬉しいです!!ありがとうございます!!!

(ありえなさすぎて声を大にしたい)

 

そう、何を隠そう私もリプをいただいた一人なのですよ。えっなんかごめんみんな、うっかりすばらしい恩恵にあずかってしまって……

ロッキン当日の深夜、コメントしてから20分程度で返信をいただいて本当にびっくりするやら恐縮するやらでした。

谷中敦という音楽家のあったかい本気……しかと受け止めました…!!

ますます最高の思い出になりました。ありがとうございました…絶対にまたライブに行きますね…!

 

そしてさあ…もうお一方、

パフォーマンスがカッコいいなあと思っていた「ギターの方」こと加藤隆志さんのことも調べてしまったんですが…

 

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名前を検索してすぐ出てくるこの写真

カッコ良すぎません?

 

いややっぱりカッコ良すぎますし、

なになに、参照元Twitterか…どれどれ……

ファンの方のツイートがバズったのかな…

と秒で見に行ってみたら

 


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そのカッコいい写真でバズってるの、谷中さんかよ〜〜!!!!!

谷中さんが(も?)アップしてるのかよ〜〜〜!!!☺️☺️

(タグ付けされている青木カズローさんというカメラマンが撮った写真と推測しますが、合っておりますか?本当に素敵なお写真です……)

なんなんだよこの渋いお茶目なカッコいいグループのメンバー愛〜〜!!!😭😭😭

 

 

お察しと思いますが既にに入りかけているため、スカパラの件は個別にも記事にするかもしれません。うん。

フェスでの新たな音の出会い、久々に感じている!

 

 

うう。2バンド観た時点で胸いっぱいだが、ここからまだまだ素晴らしいバンドが出るんですよ。

お得フェスすぎるだろ……

 

お次はこのブログを見てくださっている方にはお馴染みかもしれません、推しの一つであるエレカシです!

 

 

エレカシ 14:15〜

スカパラ後、さらにいい感じの日陰を見つけ

推しではあるが後方で観る決意を固める。

これまでの私なら意地でも前方へ。最前とかではないにしても

言わば「フェス」は彼らにとって一応アウェー。

ファンとして、そこそこ前方でタオルを掲げ応援するのです…!

みたいな謎の使命感(どこでも人気があるため本来不要)があったわけだが、

この日はごめん、体を優先したよ……

 

それに、これまでたくさん近くでエレカシを観られているから

新しいファンの方や初めて観る方にもっと良い位置で観てほしい気持ちも実は芽生えてきている。

古参ドヤしたい気持ちではなく、なんだろう。

関係者でも何でもないが、こういうちょっとした広報的な、同士的な立ち位置のファン心理というのが確実にさまざまな界隈で存在しているよなあと思ってみたり。

(余談だがSMAPファンの方々も、自分以外のファンのラッキーを純粋に喜ぶ優しき方々が多い)

もちろん後方でも盛り上がるし感動は変わらないから安心してくれエビバディ!

 

 

以下当日のメモ。この通り、とっても良かったのです。

あとで解説も入れるからね。

 

・蔦谷さん久々に登場!蔦谷さんのためのようなセトリ懐かしい〜美しかった

・宮本さん、気のせいじゃなく歌がさらに上手くなってる

・ソロで表現力が増しているのだと思う、野音の時も思った

・特に翳りゆく部屋。今まで聴いたみやじの翳りゆく部屋の中で一番良かった、自然と涙こぼれてた

・グラスステージの数万人が静寂になったかの錯覚

・てか髪長っ

・靴下穴空いてるアピール

・あつい、とつぶやく

・みんなマジでカッコよく見えてきたぞ!と、ソロの散歩で悪いことを覚えてマジとか使い始める

・なんていうのか、ソロ、やってよかったよねと思わせるボーカリストとしての表現力。全てはエレカシの歌の輝きを増すためにあったのかと思ってホッとした

・もう一度命が吹き込まれたような

・家の中では子どもだったのに、知らないうちに外でいろんな出会いを得て大人になった少年みたい

・これからも素晴らしいステージを見せてください

・まづ、とか、ありがたう、とかTwitterのつぶやきで使うような時代を間違えた人が、音楽というもので現代の何万人もの若者たちとつながっているのだから面白いと思わないか?

 

興奮が表れていますね。

終わった直後、ポルノグラフィティを待っている間に書いていました。

 

以下詳しくセルフ解説。

 

・蔦谷さん久々に登場!蔦谷さんのためのようなセトリ懐かしい〜美しかった

 

→ファンになった10年前当時から、いつもキーボードかつプロデューサーとしてエレカシに寄り添ってくれていた蔦谷好位置さんが

野音に続き、久々にエレカシのサポートを。

数年前、ご本人のブログで「エレカシと離れることになった経緯」を真摯に語っていたことがあり、そのエピソードにとても胸を打たれたから

この再タッグはなんだか、感慨深かったよ。

 

興味のある方はここから。今見ても泣ける。

蔦谷好位置 Koichi Tsutaya on Instagram: “今日はデビュー30周年を迎えるエレファントカシマシの「All Time Best Album THE FIGHTING MAN」がリリースされました。 僕はDisc1に収録されている曲のうち6曲プロデュースや作曲で関わらせてもらっています。…”

 

蔦谷さん参加のエレカシ、宮本さんは「帰ってきました!」とさりげなく言っていたけれど

そういえば一緒にやらなくなってもう随分と経ったのかと思った。

2、3年どころじゃ、なかったんだな。

 

ハナウタ、翳りゆく部屋。

桜の花、舞い上がる道を。笑顔の未来へ。

これらのセトリは、間違いなくそれを一緒に作り上げた蔦谷さんが引き出してくれて

それは私がいちばんライブに通い詰めた時期のセトリと似ていて。

もっと長いファンにはポップすぎる時期とも言えるかもだが、

綺麗な曲がたくさんの、花のような時期なんだ。

 

・宮本さん、気のせいじゃなく歌がさらに上手くなってる

・ソロで表現力が増しているのだと思う、野音の時も思った

→これほんとに。ミュージカルでもやってきたのかな?ってぐらいの表現力だった。

 

・特に翳りゆく部屋。今まで聴いたみやじの翳りゆく部屋の中で一番良かった、自然と涙こぼれてた

・グラスステージにいる数万人が静寂になったかのような錯覚

 

→この日の『翳りゆく部屋』のカバー、格別だった。

あんなに美しい声で6万人の前で歌えるのは本当に気持ちがいいだろう。

歌のために大好きだったはずのタバコもやめた50代の宮本浩次

職業、ロック歌手。

この気持ち良さを味わうためなら

なんだってやるだろうな、と勝手に想像をした。

 

・てか髪長っ

・靴下穴空いてるアピール

・あつい、とつぶやく

・客席に向かい、「みんなマジでカッコよく見えてきたぞ!」と、ソロの散歩で悪いことを覚えてマジとか使い始める

 

→この辺りはファン視点ですみません。

あとこんなMCもありましたね。

 

「靴下に穴が空いている!こんな53歳のおじさんをどう思いますかあ!!」

 

唐突にどうした。

MCまでソロで磨かれていて(これは磨かれているのですよ)ウケたのだけど、

「かわいいよー!」

と遠くから声をかけておいたのは内緒にしておきます。

 

・なんていうのか、ソロ、やってよかったよねと思わせるボーカリストとしての表現力。

全てはエレカシの歌の輝きを増すためにあったのかと思ってホッとした

・もう一度命が吹き込まれたような

家の中では子どもだったのに、知らないうちに外でいろんな出会いを得て大人になった少年みたい

・これからも素晴らしいステージを見せてください

 

→大きな声では言えないが、私はソロ活動にそこまで肯定的ではありませんでした。

だって別にエレカシでやればいいことじゃないか、と。

しかもソロ曲のタイトルもエレカシの作品と酷似しているし、ソロステージでエレカシの曲もやっているらしいし、線引きが非常によく分からず。

もうほんとにごめんだけど、「色気付いてしまったなあ」とさえ少し思っていた。

 

やっぱりバンドで、あの4人でのステージが観たいんだよなあ。

そう思ってしまう気持ちも少なからずあった。

 

でも野音の外聴きと今回のステージを観て、

ああエレカシの曲がさらにパワーアップしてしまったなと。参ったよ。

これを見せられては、宮本の散歩(ソロ活動の公式的表現が「散歩」なのです)、許さないわけにはいかないなあと。

 

今のところ息子も娘も育てたことないけれど、なんとなく

家では見せたことのない顔を見せた、

外でひとりで新しい世界を見て、少し大人になって人間力が増した少年の冒険を見ている気分になるんだよね。

とても年上の男性に何を言うかという話だが。

かわいい子には旅をさせよってこと、か……(間違ったまま進む理解)

 

まづ、とかありがたう、とかTwitterのつぶやきで使うような時代を間違えた人が、音楽というもので現代の何万人もの若者たちとつながっているのだから面白いと思わないか?

 

→これはそのまんま。ほんと、おかしくて面白いことだと思うよ。

ガチで旧仮名遣いを使う53歳の人が、若者の集う日本最大級フェスで大衆の心を掴むのだもの。

嗚呼、いとをかし。

こんな楽しく興味深いつながりを、もっともっと見ていたい。

いろんな生き方、いろんな世代をつなぐものが音楽であり感動体験なのだな、と

このステージを観て改めて感じてしまった。

 

 

まだまだ鳴り止まないなあ。

ポルノ、スピッツフジファブリックの話は後編へ続きます!

すべてに意味があるという呪縛と、ハヤシライスのやさしい偶然

8月ですね!暑い!

7月は前回のブログでも書いたような出来事があったり、それ以外にも自分自身や今後を見つめ直すことが多い月になりました。

それでもこうして生活を続けています。

前回の記事を小沢健二ファンの方に見つけていただいたり、感想をいただいたりして

重い話にはなるけれど書いてよかったと思えた。ありがとうございます。

彼の音楽への情熱やそこにいた記録を少しでも届けることができたのなら嬉しい。

本人に教える術が現代で見つからず歯がゆいが、

みんなで小沢健二トークをしたらきっと朝までコースになるだろうとも思った。

 

 

おそらくあくまで精神的に、という意味にはなってしまうのだが

「とにかくどんな状態でも生きていかなければ」と思った後の生活は

変な話、大変ではありつつ生きやすくなった部分もある。

無意識の覚悟とでもいうのだろうか。

 

何か嫌な出来事があっても

自分に自信がなくなっても

「まあ、でも生きていくしがんばろ」となり

どこか不調を感じてちょっとした検査をして、まあ問題はないけれどもきっともっと良い人もたくさんいるよな。的な結果が出た先日も、

「とはいえ生きていくし」で絶望しすぎずに済んだ。

無理矢理ハッピーに結びつけることは難しくても、どういう気持ちでも生きていくし、という具合だ。

 

元々とにかく生きていたので、変な話ではあるけれど。

 

無理をするわけではなく、

前向きに変換しすぎるわけでもなく

ただ受け入れること。

努力でどうにかなるものならば努力をし、

格好悪くても、もがくこと。

どちらも並行していい感情だと知った。

 

もがきながら現状を見つめて、

「在るもの」に目を向けて

とりあえず前に進むしかない。

とりあえずで全然いい。生きてさえいれば。

 

 

以前、好きなミュージシャンが

「何を得ようと何を失おうと、どうせ時は前にしか進まない」と発言し

根底にあきらめが溢れている表現に

心配しつつもちょっと安心したことがあった。

(そのミュージシャンが10代20代で作り上げた、陰鬱とさっぱりした希望が共存した世界観が大好きなのだ)

 

最近そんなことをよく思い出している。

 

もちろん、できれば失いたくないけども。

 

 

今日、ある話の最中に

「起こることには全て意味があるって言うからね」

という言葉が出てきた。

 

よく聞く話かもしれないし、

前向きな解釈とも思うのだけれど

私はこの表現にいつも少しの違和感を覚えてしまう。

 

「全てではない、とは思う」

いつもはやり過ごすが、今日は言ってしまった。

 

「いや、そうなんだよ。意味はあるんだよ。」

 

その返しから、なんとなくそれ以上の説明を避け

「全部じゃないだろうけど、そういうケースもあるなと思う」

と正直な気持ちを告げて話題を変えた。

 

 

私が表現に敏感なだけかもしれない。

ただ、どう考えても「全て」に意味があると決めてしまうのは辛いことだと思う。

 

誰かが亡くなることや病気や自然災害、

残虐な事件、思い出したくもない記憶

この世界には色々な「どうにもならないこと」がある。

それら全てを引っくるめてそう言えるのだろうかと

本当は聞きたい。

 

「そういう話をしているのではない。それは屁理屈」となる可能性はあるが、

では「全て」ではないのだから、注釈をつけてほしいと感じる。

(自分が面倒くさいことを言っているのも重々承知です。ごめんよ)

 

私自身がどんなに成長できたとしても、

あの子は戻ってこない。

そんな「意味」なら無いほうがいいし、

意味もなく生きていてほしい。

 

 

裏切りや失恋、転職、迷い。

思いつきで立ち寄ったお店がきっかけで新しい出会いや趣味を見つける。

結果的に今は幸せだけど、あのときあっちを選んでいたらどんな人生になっていたのか。

そういう後付けの

「あのときの偶然で今がある」という喜び、

「あのときは辛かったけど、経験していて良かったな」という痛みに対してなら

私も同意見なのだけれど

事故や突然死や辛い病気の事実に「全て意味があるんだ、あったんだ」とは思えない。

 

そういう言葉の呪いはできるだけ解いていきたいけれど

頭ごなしに考えを否定するのも違うなとも迷うし、言葉のあやもあると思うし、

うーん、難しい。

 

辛いことや痛いことなんて、無くていいのであればもちろん無いほうがいいと私は感じている。

自分の悟りより誰かの命が無事なほうがいい。

 

 

以前、がん経験者の作家の方が

「がんになって良かったとは絶対思えないけれど、病気になって色々なことを学んだ」

という主旨の話をされていたのだけれど、

その考えがとても好きで。

「こういう意見が表に出てきてよかった」と、

とても身勝手な感情を抱いてしまった。

なぜだかとてもホッとしたし、その方の素直な発言に柔軟さと強さを感じた。

 

起こることの大半にきっと意味なんてないけれど、

ものすごい偶然に運命ってものや希望を抱けることはあるし

悲しいことが起こってしまったら

それに対処していくしかない。

その過程で学びや発見があっても、「こうなって良かった」と思えない場合は思わなくていい。

そういうミルフィーユみたいな繰り返しが人生の足あとになっていく。

きっとそれだけだ。

 

 

ポジティブな言葉と同じぐらい、

「そうなって良かったとは言えないけれど」

の前置きが許される世界であってほしいし

「意味がある」という呪いが辛くなった人がいたら

その考えをやめていいよ、とそっと言える(思える)人でありたい。

 

 

そうそう、前回話した音楽仲間の彼がよく行っていた

レトロな喫茶店に行ってきました。

 

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相変わらずおいしかった。

暑い日だったからアイスコーヒーをセットに。ごくごく飲めて心地良い。

 

このクリーミーなハヤシライスを一緒に食べたのだよなあと思い出しつつ、

後輩たちと彼の話をした。

童顔の後輩は、彼がひょんなことからTik Tokにチャレンジした動画を所有していた。

本人的にはトレンドの研究も兼ねたTik Tokデビューだったのだろうが、

動画の彼やみんながただ純粋に楽しそうで和んでしまう。

 

「この店といえばやっぱり◯◯くんだよねえ」

「◯◯先輩、平日は絶対に洋食を食べると決めているんですって言ってました」

「そうなのか、なぜ頑ななのだ。いつからそのルール適用されていたんだろ」

 

ほんと知らないことがまだまだあるなあ。

謎ルールについて本人に聞きたいのだけど、それ以上に本人がいない謎ができてしまった。

 

「お別れの日に見た顔がいつもと違ったので、私、正直まだ信じてない部分があります」

「違う場所で今も働いているような…そんな感じです」

童顔の後輩はそんなことも話してくれた。

 

顔には綺麗に化粧が施されていた。

面影もあったように思えたが、

そう思うのも無理はないし、

その考えも少しありなのかもしれないと思った。

 

私たちがハヤシライスを食べている間、

お店の方が顔見知りらしきお客さんと会話していた。

会話の中で突然彼と同じ苗字の人物が出てきて、瞬間的に驚いた。

え?みんな知り合い?とひそかに動揺するも、

その後のやり取りから、私たちの知る彼とは別の人物を指していると判明した。

(職業が違った、と思う)

 

その後も彼と同じ苗字であるその人物の名前を何度も口にしながら会話を進めていくお店の女性と

うんうんと話を聞くお客さん。

不思議な気持ちになりながらスプーンを口に運ぶ私。

 

彼の苗字はとても珍しいわけではないけれど、

そんなにピンポイントで多いわけでもない。

クラスや部署で一人いるかいないか、たまに二人被るか、ぐらいだと思う。

 

いや夢見がちに言っていいなら、

「行ったのバレてたん?」

 

君の好きなメニューをみんなで食べに行きたかったのだよ。

 

偶然だけど、

こんな偶然には、優しい意味を込めてしまいたくなるものだ。

 

 

「そういうケースもある」

 

全部ただのこじつけだと否定しきれない理由は

時にはこういう不思議な偶然があることを知っているからかもしれないし、

願っていたいからなのかもしれない。

 

 

起こることの大半にはやっぱりきっと意味なんてないけれど、

ものすごい偶然に運命ってものや希望を抱けることは

確かにあるんだ。

 

ハヤシライス、おいしかったよ。

 

 

さて次は何を書こうかな。

ちょっと8月は少しゆるめにブログを使っていこうと思います。

構えすぎて日常の何気ない発見が埋もれないように。

 

熱中症には気をつけつつ、夏を生きていきましょう。

さよならなんて云えないけど、俺たちに明日はあるから それでも生活を続けるんだ

仲の良い人が急死した。

しばらく連絡がつかず、心配になり

みんなでなんとかして連絡を取ろうと試みた。

 

「大丈夫!?」のメッセージが既読になることは

もう二度とない。

 

 

彼とはしばらく隣の席だった。

音楽やカルチャーにとても詳しい人なので、そして好きなミュージシャンが結構被っていたのもあり

顔を合わせればいつも音楽の話ばかりしていた。

いや、顔を合わせなくても

メッセージでも音楽の話ばかり。

 

小沢健二の一挙一動で盛り上がり、

SMAPの話をしながら未来への夢を見て、

ハロプロひなフェスのチケットをお互い真剣に取りたがり、

岡村ちゃんYUKIの共演に興奮したメッセージをくれた。

 

知り合った当時、彼は24歳だった。

今もなお、未来ある20代だった。

 

今でもその若さが信じられない。

年齢を逆サバ読んでいるのでは、と思うほどの

知識量と音楽愛だった。


突然すぎて若すぎて、早すぎて

とにかく悲しい。

 


信じられないまま、実感のないまま、別れの場に参加した。


彼らしい、音楽にあふれた場所だった。

 

赤いギターや温かい使用感のあるキーボード、黒のコンバースイカット、モフモフした帽子や見覚えのあるメガネが飾られ

バンドマンやNYLON JAPANのモデルのような若い友人たちが集まり

これからお洒落なイベントが始まるのかと錯覚した。

 

 

実感がなかったのに、自分でもびっくりするぐらいに泣いた。

周りもみんな、実感がないのに知らないうちに出てくる涙に戸惑っているように見えた。

立っているのがやっと、という状態を隠さない人もいた。

 

とてもとても認めたくないけれど

現実のことだった。

 


「ニューヨークに来て、僕の映画の音楽を作ってくれましたね」なんて、

(待て待て聞いてないよ?なにその気になる話)と

もっと掘り下げたく、本人に問いたくなるようなメッセージまで流れて。


フェスやプライベートでの楽しそうな写真の数々が出迎え、そして見送ってくれて。

 

これが誕生日会か何かなら良かったと何度も思った。

 

前日にも、色々な写真を集めてみんなで眺めた。

懐かしいね。でもまだまだ、ただの最近だ。

まだまだ話したいことも、聞きたいことも、たくさんあった。

 

誰もが日常の途中だった。

 

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本当にセンスの良い音楽ばかりが流れていた。

イーグルスの『desperado』という曲も、会場で流れた音楽のひとつ。

ご家族の前でよく弾き語って聴かせていた、というエピソードと共に。

初めて知ることが、まだまだたくさんあった。

 

最後に

「彼の音楽のルーツはウルフルズでした」とアナウンスが流れ、

トータス松本さんの楽曲『生まれ変わっても』が会場に響き渡った。


涙でボロボロになった後、

ウルフルズの『笑えれば』が静かに流れた。

 

 

これほど素晴らしいセットリストのライブを、私は知らない。

きっとこれからも知ることはない。

 

 

なんとかして本人に伝えなければならない素晴らしい音楽話なのに

なぜ、本人はもういないのか。

どこにメッセージを送れば届くのだろうか。

 

 

君のお別れ会でのセットリスト、

最高だったよ。

 

 

実はさりげなく、このブログに登場したこともある。

 

 

この小沢健二のライブレポに出てくる「同僚」が、

何を隠そう彼のことだった。

 

偶然同じライブに行くことになり、

偶然席が近いことが発覚し、

その後もさまざまな感想を語り合った。

1万人の光の中、すぐに姿を見つけ笑ってしまったあの日を思い出す。

 

 

最後にやり取りしたメッセージも、やはり小沢健二についてだった。

 

「関係ないけど、今日小沢くんの歌詞T着てるよ」

「めちゃいいですね!歌詞T!ちなみに曲は?w」

「ラブリーだよ!」

「ラブリー!武道館のときのTシャツ、ラブリーが一番よかったすよね」


「てか、最近小沢くんが昼間にツイートしたりするの、日本で普通にいま生活してんだなーって感じしてなんかよいですよね」

「早くアルバム…とも同時に思いますがw」

 


まだアルバム出ていないのに、何をやっているのか。

 


会話を遡ると、こんなメッセージもあった。


「ひなフェス諦め、フジロックに集中します」

フジロック今年は行きます」

 

「まじか!乾杯しよう!」


もう少しで、本当にあとほんの少しでフジロックなのに、

あの子は一体何をやっているのか。

 

 

きっといま本人と会話できたら、

 

「あああ」

「お騒がせしてすみません!

   なんか僕、死んじゃいましたw」

 

「全然実感ないですよね。ぼくもですw」

 

フジロック前に何やってんだろ」

 

「てか小沢くんのアルバム」

「出たら感想教えてもらってもいいですか?」

 

「こんなお願いですみません」

 

とか連投してくるのだろうなと思う。

 

安心してくれ。必ず教えるからさ。

 

 

本当にこれまでで一番のお騒がせ案件だよ。

何やってるの。

寂しいよ。

 

 

最近は席も離れ、以前ほど頻繁に会話できていなかった。


それでも何かあるごとに、

「◯◯さーん」と、名前の呼びかけがセットになったメッセージをくれた。


あるとき発生した指名制の発表会では、誰もが下を向く中

恐らく「なんか指名しても気まずくならない相手」として「うーん、◯◯さんで!」と無邪気に私を選んだりもした。

なんとなく、来る予感はしていたから

「え!」と言いながらも予定調和で

楽しかったよ。

 

彼がスマートフォンで「くるり」の音楽を聴いた履歴が

ひょんなことから社内の大画面に映し出されて

みんなで「このとき、くるり聴いてたんだねー」なんて笑った日々は

ついこの前のことだ。

 


「◯◯さんとSMAPの話とか色々できて楽しいです」

そうニコニコしながら話してくれたことを

昨日の、いや、数分前のことのように思い出す。

 

 

お昼どきにすれ違い、手を振って挨拶を交わして


「あ、久々にごはん行きたいな」

「落ち着いたら誘おうっと」

そう思ったのは先月のことだった。

 

自分の精神状態が良くなくて、

誘うのを先延ばしにした。

 

とても後悔している。

 

本人も忙しかったと思うし、日常にどこまで踏み込んでいいのか分からなかったけれど

それは言い訳。

色々なことが重なって、以前よりちゃんと話せていなかった。

後悔してもしきれない。

 

 

彼の訃報を耳にした瞬間、

自分に最近起こっていた辛いことや痛み、

その全てがどうでもよくなった。

 

全てが帳消しになるほど悲しく、

生きていかなければいけないと思った。


生きていればそれなりに

未来は不安だし、悲しいことも

きっとまだまだたくさんある。


それでも、

生きていかなければならないとはっきり思えたし

生きていてくれればいいと思った。

 

そして、

思ったことを先延ばしにしてはいけないのだと


「後で」のサプライズほど

不安定なものはないのだと。

 

今をしっかり、

どんな状態でもいいから、素直に生きていこう。

 

そう誓った。誓わざるを得なかった。

 

ありがとう。

 

 

数分先の世界が変わっていいのかと

実感しながら素直に生きていくのは

もちろんつらいけど

悔いのないように、私は、私たちは

正直な気持ちを伝え続けていかなければいけないのだと思う。

 

近々ごはんでもいこうよ、って

あなたと話がしたいんだよって

すぐその場で言わないといけないんだよ。

 

 

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冗談きついな、と思いながら

この曲を繰り返し聴いている。

 

偶然同じ日に参加したライブ。

あのとき小沢健二は「生活へ還ろう」と言った。

 

どんなことがあっても生活は続く。

悲しくても不安でも、それでも続けていく。

 

誰かがいなくなることで妙な覚悟が生まれるのは

とても悲しいことだから

みんなが生きているときに

そういうことに気がつける人生を送りたい。

 

そうしていかなければならない。

 

 

写真を探したけれど、

本人に許可を得ていない「におわせ」みたいな写真しか出てこなかった。

もっと許可を得てガンガンいろんな写真を撮っておけばよかった。

 

初めて一緒にランチしたときの写真も出てきた。

(相変わらずの、謎のにおわせでしたが…)

 

「いつもここに来ちゃうんですよね。色々開拓したいんですけどねえ」

 

そうあの子が話すのを聞きながら、

彼行きつけのレトロな喫茶店でハヤシライスを食べた思い出がよみがえる。

あのときも音楽の話や、それ以外の話をたくさんした。

 

ああ、本当に

楽しかったな。

 

来週はあのお店で、久々にハヤシライスを食べようと思う。

時が止まったようなあのお店は、

きっと記憶も鮮やかに 時を止めていてくれる。

 

 

休日、表参道のマクドナルドで遭遇したこともあった。

入った瞬間、違和感なく当たり前のようにその子がいて

休憩時間みたいだなと笑ってしまった。


あまりに普通の光景だったので、

特にそのあと行動を共にすることもなく

じゃあまたね、って感じだった。

 

もっともっと呼び止めて、話をすればよかったなあ。

まだまだ。

たくさん。

 

 

お別れの場で、こっそり本人に向かって

小沢健二のアルバム出たら教えるからね!」

と伝えておいた。

届いていると信じている。


ご両親にも、どうしても伝えたくて


小沢健二さんのアルバムを楽しみにされていたので、発売された際は、ぜひ(彼と一緒に)、聴いてあげてください…」


何度も声を詰まらせてしまったし、エゴかもしれないけれど、なんとか言えた。


ご両親へ伝えたいことの半分も伝えきれず、自分の語彙力のヘボさに落ち込んだが

彼の足あとが少しでもご家族の中に、

みんなの中に増えたらいいなと思う。

 


本当に突然だったんだ。

全てが普通の日常だった。

本人すらも気づいていないかもしれない。

 

せめて苦しまずに、穏やかな最期だったことを願う。

 

 

正直まだ悲しみからは抜け出せないけれど

未来は待ってくれない。

あの子の分まで元気にならないと、と思う。

 

 

ていうか……ジャニーさんと同時期って、ある意味すごいなあ。

SMAP木村拓哉新しい地図のさまざまなニュースに、テンション上がったメッセージをくれたことや

カウコンに行きたいと真剣に語っていた姿を思い出す。

 

 

「なんか気分よくて、SMAPの『俺たちに明日はある』を聴きながら帰宅中です」

 

 

そう言ってくれたのはつい数ヶ月前のこと。

 

君にもまだまだ、「明日」はあるはずだろう。

 

 

ジャニーさんに、たくさんSMAPの裏話を聞いてほしい。

向こうでも音楽漬け間違いなしだね。

ジャニーさん、よろしく頼みます(誰ポジション)。

 


今年の夏について、フジロックについて、

最近ハマってる音楽、気になるニューヨークの映画の話、……………………

 

楽しい話はもちろんだけれど

 

見せてはいけないと思っていた、

探りすぎてはいけないと思っていた

プライベートな話も

もっともっとしていきたかったな。

 

 

いなくなると、より一層

「いる」ことを実感するから

その人はいなくならないのだと思う。

 


これからも、伝えたいことがあれば

チャットでもするかのように

自然に話しかけるのだろう。

 

「心の中にいる」なんて、きれいごとだと思った時期もあった。


でも、きっと

ぜんぶ本当のこと。

 

 

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生まれ変わる暇もないぐらいに、

ずっと憶えていくよ。

 


またね、そして

これからもずっとよろしく。

【映画感想】『ボヘミアン・ラプソディ』を2回観て泣きすぎた。私はクイーンの音楽を少し誤解していたのかもしれない

映画館であんなにずっと泣いていたのは初めてかもしれない……。

 

11月のある時期から、いろんな人のインスタストーリーでこの紫と橙に染まった写真を見かけるようになった。

 

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本当に一日で何人かぶった?ってぐらいみんな同じような投稿素材を使用して(?)

しかもみんな示し合わせたかのように「最高」しか言わないんだよ。

素材も同じなら感想も同じとは、足並み揃えすぎだろう。

 

クイーンのファンが興奮しながらそう話すなら分かるのだが

クイーンをあまり知らない年下たちが力説しているのを聞いて

ただごとではないと思った。

 

「絶っっ対に映画館で観たほうがいいです」

 

ならば行こう。

 

え?観た感想?

最高としか言えないですね。

(テンプレマシーン発動するしかない)

いやー…ちょっと自分でも引くぐらい泣いた。

観終わってすぐ「これは3回観ねばなるまい」

と思ったので翌週に2回目行きました。

多分もう1回行きます。

 

一度目は映画であることを忘れ、完全に「ライブ」を観て泣いていたし

二度目はもはや冒頭から全編通して泣いていた。

ラスト21分は勿論、そこに行き着くまでの何気ないシーンや猫の表情すら(この映画は猫をとても可愛く綺麗に映すと思う)泣けて泣けて、勘弁してくれ。

手に持ったビールもすっかりぬるくなっていた。


私はクイーンの熱心なファンではなかったが、クイーンのすごさを「全く知らない」わけでもなかった。

好きなミュージシャンにはMIKAやJellyfish、最近ではビッケブランカといったどう考えてもクイーンをリスペクトしていることを隠さない人が多いし

10年以上前だが『We Will Rock You』のミュージカルを観に行ったこともあるし

何なら数年前のサマソニで本物の彼らのことだって観ている。

フレディとジョンはその場にはいなかったけれども、伝説のバンドを目撃した観客の興奮と熱狂は私を含めて現代でも変わらなかったように思う。

 

正直クイーンが最高なことを多少知っていたら感動が薄れてしまうのか、と邪推もしたのだ。

「彼らをよく知らなかった人たちの最高」より新鮮には受け止められないのではないかと。

しかしそんなことは一切なかった。

 

時系列や史実と違う点が含まれることも把握はしているが、それを知ってもなお感動が残った。

全て忠実に再現するのが本来の正しさなのかもしれないが、有名な彼らのエピソードと晩年の事実、そして伝説のライブの感動を2時間で『作品』として見せるのであれば、あの描き方はそれほど非難の対象にはならないような気がする。

あくまで個人的に、だけれど。


きっとそれ以上に、スタッフとキャストの意地とオタク魂を感じられたからだと思う。

だってさ、靴下に至るまで当時を再現することにこだわったって……

メンバーの頭のてっぺんからつま先まで、さらにはライブスタッフや観客の服装(肩車されている水着姿のような女性も再現されてるよね?)、ピアノの上のコップまで再現しようとするオタク映画が

受け入れられないはずがないと思うのだ。

全く、どこのウルトラガチオタだ。

※靴下の話はこちらに載っています

“この作品は当然のごとく、あらゆる点で本物です”:映画『ボヘミアン・ラプソディ』に協力した人物が語る

 

妥協を許さずリスペクトを忘れない、そんなオタクが私は大好きなのだ。

 

つーか、なんなんだ。キャストみんな素晴らしすぎるだろ。

おいおい、ロジャー・テイラー可愛すぎか?

ブライアン・メイとジョン・ディーコンは本人か?

それに全く、フレディのお調子者だったり弱かったり、愛したい愛してほしいときの寂しい目をこんなに繊細に伝えて……

現代にフレディ推しを増やすつもりか?

勘弁してほしい。フレディがまるで今この瞬間にも生きていて

どんなツイートをするのかな?とか

どんな人がストーリーに写っているのかな?とか考えて楽しくなってしまうから。

 

「フレディは幸せだった?」クイーン映画の問い 移民・差別・家族… - withnews(ウィズニュース)

この記事によると、主演のラミ・マレックが役作りに要した時間は「一年余り」だったという。

役者という職業は何て素晴らしく、何て恐ろしいものなのだろうと

尊敬を通り越し畏怖の念を覚えた。

 

音楽?社会派?愛?友情?

この映画は複雑な話をさらりと並列に扱う。

彼らにとってはそのどれもが並列な日常だったからなのだろうけれど

同時に全てが音楽に結びつき、音楽に還っていく感じがした。

喧嘩しても孤独になっても

最後には音楽が繋いでくれるような。

どんなときも音楽になら心を許せたのか、

はたまた、その逆なのか。

音楽が繋いで狂わせて、また繋ぐ。

綺麗ごとも含まれるかもしれないが

彼と彼らが、音楽と人を愛した記録みたいな作品だと思ってしまった。

 

そして、メアリーは本当に稀有な存在だと思う。

この映画がなかったら、彼女という理解者が彼の近くにいたことをずっと知らないままだったかもしれないのか。

フレディにもメアリーにも謝りたい。そんな複雑に素敵な関係、もっと早く知りたかった。

 

きっと難しいことを難しいまま考えなくていいし、白黒だけではないはずなのだ。

たとえ孤独を感じたとしても、いつも彼と彼ら、そして彼と彼女の中には「青春」が残っていたのではないか。

そう、映画を最後まで観ても、偉大な彼らが「結局いつでも青春している」と思えて仕方がなかったのはなぜなのだろう。

 

絶望的な状況でも全てが黒になるわけではなく、ふとした瞬間に彼の中に心癒される出来事があったなら少しは救われるし、きっと「あったのだろう」と思えてしまう。

そんな想像をしてしまうぐらい余韻の続く作品、ということなのかもしれない。

 

私がクイーンのすごさを知りながらもハマりきれなかった理由は、その音楽にあまりに精巧な、出来すぎたイメージがあったからかもしれないと思っている。

なんていうか、上手すぎて架空の存在みたいなのだ。

フレディの声は綺麗すぎて、実在する人物やバンドではなく、本や漫画の中の人なのではと誤解してしまいそうになる。

 

でも今回の映画を観て、彼らも生身の「青春している『人間くさい誰か』のひとり」であることが実感できた気がしている。

決して身近ではなく、もちろん伝説なのだけれど

さまざまな楽曲を再生するたびに、「あ、ワイワイしていた頃の彼らかな」とか「レコーディング中はどんな出来事があったのだろうな」とか、あの頃の「完ぺきじゃない」彼らの空気がよみがえる気がして嬉しくなるのだ。

音楽のお手本的存在、架空のような気持ちさえ抱いていたクイーンというバンドが、まあ言い方がおかしいけど一気に萌えの対象になったといいますか。

 

Twitterでも、まるで彼らが今まさに精力的に活動している若手バンドなのではと錯覚するほど進行形でクイーンについて語り合う「クイーン専用アカウント」を多数目撃した。

中には10代らしきユーザーもいた。

正直、なぜ「今」彼らにそこまでハマることができるのだろうと不思議に思ったこともあった。

 

10代ならきっと、毎日マメにSNSを更新してくれる、すぐにインスタライブやツイキャスをしてくれる、自分の今を伝えて毎日に寄り添ってくれる「同世代の有名な誰か」がたくさんいるのではないか。

そんな選択も出会いもありすぎる今の時代に、敢えて「今は形を変えたバンド」にハマるのはなぜなのだろうと純粋な疑問が生まれていた。

 

その専用アカウントユーザーたちの気持ちが、今なら何となく分かる。

今を共有できる存在だけが「誰かの今」を作っているわけではないのだ。

音楽、写真、映像、言葉、誰かとの記憶。

足あとがあればそれはいつでもタイムマシンになるし、素晴らしさに時代は関係ないのだと改めて思う。

考えてみれば、私も亡くなって20年近く経つhideさんが今でも大好きだし

メンバーみんな元気でいてくれているけれども今は全員ではグループ活動をしていない(前置き長くてごめん)SMAPのことだって進行形で大好きだ。

それと同じ話なのだな。新しい世代のファンたちのおかげで、また一気にクイーンの世界を身近に感じられる気になった。

 

まばゆい天才たちによる、意外と泥くさい(?)人間味のある人生を

現代にこんなに素敵な方法で伝えてくれた関係者に感謝したい。

ライブ・エイドの観客でいる気分を体験させてくれて本当にありがとう!!


そして何より、時代をすぐに飛び越えてしまうクイーンの音楽とステージに

未来の日本から最大ボリュームの拍手を贈らせてほしい。

実際に私が行った映画館ではエンドロール後に拍手が起こっていて、さらに泣けた。

 

ちなみに……ライブを観ている観客たちの表情と興奮も本当に素晴らしく臨場感があって、もうあれは全て本物では?と思ったぐらいに胸を打たれっぱなしでした。

涙を拭う観客たちを観てさらに泣く私。

私もライブを観ながら泣いてしまうタイプなので、なんとなく自分と重ね合わせたりもして。

 

ライブってさ、ステージだけじゃなく観客の景色も最高なんだよ。

みんな本当にキラキラした笑顔で心の底から楽しんだり感動しているのが手に取るように分かって、ライブに行くと人をもっと好きになって帰ってくる。

ライブを観ることが好きな理由は、私の場合多分それも大きく関係している。

ステージの上のスターはもちろん、同じ空間にいるファンの姿を見ることが好きなのだ。

そもそも全く別の人生を過ごしているのにあんなに一度に多くの人が同じ場所で同じものを観て、同じ瞬間に泣いたり笑ったりしているなんて、軽い奇跡だよね…書きながら改めて感じたわ。

 

ライブ・エイドを生で観た人は生涯自慢したほうがいいよね。

とっくにしているだろうけど。

 

 

「今の時代なら、“彼”も もっと生きやすいのだろうか?」

夜中にふと考えたりもした。

 

でもこのバンドが生まれたから救われた「あの時代の人たち」もきっとたくさんいるのだから

タラレバはやめておこうと思う。


あと、本編の最後にフレディが観客に伝えた言葉。

あの言葉が私の中では全てだ、と思ったのだが

実際のライブでも言っているんだね。

本当にその言葉を聞けて良かった。

 

【余談&少しネタバレを含む話】

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感動と勉強の意味を込めてパンフレットを購入したのだが、東郷かおる子さんのインタビューも入っていて嬉しかったです。まだ全ページは読めていないのだけど、かおる子さんの部分は全て読んだ。

 

映画を観る前に、「クイーンは実は日本でめちゃくちゃ人気が出てから世界での人気を確立した逆輸入現象バンドでもある」こと、そして「日本でのブレイクの火付け役とも言えたのは、クイーンの魅力にいち早く気がつき熱心にプッシュした『ミュージック・ライフ』という音楽雑誌」

……というところまでは調べていたのだが(間違っていたら突っ込んでください)、東郷かおる子さんはその雑誌の元編集長なのですよね。

こちらが参考。

Queenが衝撃受けた日本のファン 「違う惑星に来たのかと思った」 - ライブドアニュース

そういえば映画では日本の話あまり出てこなかったなあ……と思ったけれど、上記のインタビューなどを読み「そういうことか」と納得しました。

そりゃ、予算は「あのライブシーン」がかっさらっていくよなあと。

 

東郷かおる子さんの記事はネットにいくつもあって、クイーンとの貴重なエピソードが出てくるわ出てくるわ。

すごいなあすごいなあと読み進めてしまうわけだが、インタビュー途中でちょいちょい女性ファンについての見解が出てくることにも私は注目している。

 

え、どんなって?

女の人は誤解されている。顔だけでファンになるわけじゃない、的な話なんですけどね……

……それ、ほんと個人的にですけど「そうなんだよ!!!!!」とぶんぶん頷きたくなってしまうのですよ。

パンフレットでもその話が出てきたから、きっとかおる子さんの中でもよっぽど力説したい案件なのだろう。

 

ほら、こっちの記事だと冒頭で太字にまでなっているからね!

Special Interview 元『ミュージック・ライフ』編集長 東郷かおる子 | NEWS | MUSIC LIFE CLUB

 

女性ファンは誤解されていると思う。

顔が可愛いだけだったら別に好きじゃないのよ。

可愛くて、才能があって、かっこよくて、良い音楽だから好きなの

(上記記事より)

 

いや、ほんと、そうなんだよ……!!少なくとも……私はね……?

でもなかなか信じてもらえないことも分かってる…分かってるから……。

 

とにかくボヘミアン・ラプソディは最高でした。

たまたま私の周囲ではみんなが同じ感想だったけれど

観る人それぞれ違う解釈があって当然なので、最高!じゃない人もいるかもしれない。

ただ、少しでも気になったら観て損はないはず。

特別クイーンファンではなかった私が「こうなる」ことからも察してほしい。

(ただ、性的マイノリティのくだりがどうしても受け付けないと感じる方は避けたほうが良いかも。それぐらい自然にいろいろ描いているので)

 

彼らの音楽に限らず、音楽というジャンル自体にそれほど詳しくない方や興味のない方が観てもきっと何か感じる作品にはなっていると思うし

音楽やライブが好きな人なら、なおさら大音量と大スクリーンの映画館で「あの体験」を味わうことをおすすめします。

 

しっかし本当にキャスト、似ているなあ……顔だけに限らずね。畏怖の念!